「食と農」からの再生。藤原辰史

 新しい若い知性が現れた。農業史研究という変わり種の44歳。鋭く切り込む感性が初々しい。京都大学人文科学研究所の藤原辰史・准教授。朝日新聞(4月26日)で、新型コロナで啖呵を切っている。「すべての資質に欠け、事態を混乱させているのはあなたたちだ。長い時間でものを考えないから重要なエビデンスを見逃し、現場を知らないから緊張感に欠け、言葉が軽いから人を統率できない。コロナ後に弱者が生きやすい文明を構想することは、あなたたちにできない」。さて、藤原がここぞと問い詰める「あなたたち」というのは誰か。次なる文明モデルをどう構想するか。このコロナ禍はその分水嶺となるに違いない。その大きなヒントにしてほしいので、藤原ワールドで論を進める。

 ワクチンと薬だけでは、パンデミックは耐えられない。言葉がなければ、激流の中で自分が保てない。歴史の知は今、長期戦に備えよと説いている。感染拡大がおさまった時点で終わりではない。社会的弱者には災厄の終結後も生活の戦いが続く。二つの大戦後の飢餓にせよ、ベトナム戦後の枯葉剤後遺症にせよ、戦後こそ庶民の戦場であったという事実を忘れてはならない。

 彼の研究分野ではこう言及している。アメリカ農業の歴史を検証することなく、日本の「食と農」は語れない。米国は、余剰穀物を売りさばき、飢餓に苦しむ国に食糧援助を行う「ギフト」戦略を構築した。それは人道的にもみえるが、食生活をアメリカ型に変え、新たな穀物の輸出先を生み出す巧妙な仕掛けに過ぎない。また「ギフト」戦略は、農産物の単一化と、化学肥料と農薬に依存した農業をセットで持ち込み、援助という美名の下に、多国籍企業が跋扈する経済を世界中に広げた。「食と農」で国を支配する。そうした意味では日本の「食と農」は今が正念場。このままでは多国籍企業に弄ばれるだけだ。そもそも「化学肥料と農薬に依存した農業」を変えないと地球と人間が持たない。農家が尊厳を持って生きていけるようにして、時間をかけてでも日本農業が真の意味で独立する必要がある。逆の意味でのショックドクトリンで、米従属から抜け出す契機としてもいい。

 そして、藤原が心底から発する怒りだ。「人文学の貢献は何か見えにくい」と何度も叱られ、予算も削られ、何度も書類を書き直され、エビデンスを提出させられ、そのために貴重な研究時間を削ってきた。企業のような緊張感や統率力が足りないと説教も受けてきた。そうなのだ、大学改革と称して居丈高に人文知をけなし続けてきた政治家、経済人、文部官僚たちこそ、「あなたたち」なのだ。宮殿で犬と遊ぶソウリの思考はずっと経済成長と教育勅語的精神主義に重心を置いていたため、危機の時代に全く使いものにならない。無能ぶりをさらけ出している。中国、韓国、台湾の急回復を尻目に、年内は周回遅れのPCR検査に没頭しているのだろうか。貧困の津波が押し寄せる前に、一刻も早く「あなたたち」を願い下げしなくてはならない。

 武漢で封鎖の日々を日記に綴った作家・方方は「文明国家の基準はただひとつしかない。それは弱者に対する態度である」と喝破している。その弱者はコロナ禍以前から、あらゆる危機のしわ寄せを受けているのに更に追い打ちを掛けられている。そこで、こう考えてはどうだろう。尊厳を持った農家が生み出す食を救出策の軸に、弱者を包摂するコミュニティを作っていこう。新しい文明といっても、小さな試みを積み重ねていくしかないのだ。藤原辰史の若い知性と品性から、もっと多くのことを汲みだしていこう。第2、第3の藤原はたくさんいるはずだ。世界思想社での藤原講演「切なさの歴史学」に彼の哲学が凝縮している。

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