尹大統領「日韓はパートナー」

 韓国大統領の権限は想像以上に強大だ。行政のトップであり、予算提出権から法案の拒否権まで、文字通り国家元首である。その尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が日本に対し、徴用工、汚染処理水問題で大幅な譲歩策を繰り出している。3月1日の「三・一独立運動」式典演説では、日韓国交正常化から60年の節目となる来年に、自由や人権といった価値を共有する「パートナーの日本」との建設的な関係を一段階飛躍させることを期待する、とまでいい出した。60年の節目ということは、歴史認識含め容認するということ。最悪の日韓関係といわれた時期は数年前であり、慰安婦問題では「1ミリも動かない」と安倍が傲然といい放った姿は記憶に新しい。それが何事もなかったかのような大転換だ。その背景をリスクを含めて考えたい。

 尹大統領が就任以来思い描くのは、日米韓の軍事同盟を強化して、対北朝鮮、対中国・ロシアで強硬姿勢を貫くこと。文在寅・前政権を全否定し、とりわけ北朝鮮との融和という曖昧模糊路線からの決別を明確にしている。有事の際には、自衛隊の韓半島への進出も容認する気配である。こんな政策転換を、自らの権力の源泉である検察権力の独裁的運用で、国会無視、言論弾圧を続け、強気で乗り切る算段だ。徴用工問題での大法院判決でも、第3者弁済案に固執し、その判決趣旨をも否定している。市民から見れば、対米従属、対日従属であり、支持率は34%と多くの支持を得られているわけではない。

 日本政府はどうか。林芳正官房長官は大法院判決に対して「日韓請求権協定に明らかに反し、極めて遺憾だ」と述べ、外務省は第3者弁済による対応を求めた。しかし、この財団に日本側からの寄付を求めているが全く動きはない。また、尹大統領の任期は5年で再任はない。次期大統領で大きく政策転換しかねないから、それまで動くなという声もある。いずれにしても主体的に歴史を切り拓こうという気概が全く感じられない。

 要約すると、尹政権と岸田政権は65年日韓基本条約体制に逆戻りして、米中対立では米国側に立つ安全保障に大きく依存しようとしている。もしトラ(トランプ)となれば、ひっくり返ることも十分予測される。果たして、このままに乗っかっていていいものだろうか。

 ここからは持論である。ひとつはベトナム戦争での韓国軍によるベトナム民間人虐殺事件だ。韓国政府が謝罪し、賠償責任を認めた。その時の弁護士が「平和とは加害者の位置に立てる勇気だ」といっている。日本も潔く、その位置に立つべきである。65年前に手切れ金を払っているというのは、現在の人権感覚からはかけ離れているし、見苦しい限りである。

 もうひとつは韓国の出生率が0.72と衝撃的な最低記録となったこと。日本は1.26でこれも過去最低である。生き辛く、縮小続ける両国なのに、65年体制を超えられないとすれば愚かである。更に注目したいのはひとり当たりGDPで日本32位、韓国35位でほぼ同じで、教育水準もそう変わらないとすれば、似た者同士で思い切った文化交流、経済交流がもっとあっていい。サムスンとソニー、ジブリと韓国映画とのコラボなど隔てる壁は意外と低い。

 こんな声にも耳を澄ませたい。「私たちが死ねば誰が日本政府を赦してくれるでしょう」と、本当は日本を赦したいと願う元慰安婦の叫びだが、胸が痛くなる。

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