「民衆暴力」

 全国紙の書評でユニークな論評を書いているので注目していた。76年生まれの歴史学者・藤野裕子早稲田大准教授。大学生にも手に取ってもらい、歴史を通して思考を深めてもらいたいと著したのが「民衆暴力」(中公新書)。歴史修正主義が行政にまで及んでいる危機感が大きな動機である。「一揆・暴動・虐殺の日本近代」。そんな副題を添えて、新政反対一揆、秩父事件、日比谷焼き打ち事件、関東大震災時の朝鮮人虐殺の4つの暴力事件を軸として、多彩な視点で展開している。新しい戦前を余儀なくされているわれわれの思いと通じるところがある。何が人びとを駆り立てるのか。権力の横暴に対する必死の抵抗か、鬱屈した気分を他者にぶつけた暴挙なのか。結論は見いだせないが、取り敢えず手探りしかないように思う。

 まず、1873年に起きた北条県(岡山県)の美作(みまさく)一揆を紹介したい。賤民廃止令に反対する暴動で、歴史に逆行するが関西西日本で24件判明している。賤民廃止令はそもそも地租改正で税を免除されていた賤民から税を取り立てるのが主眼で、身分解放という意図はなかった。しかし多くの人は解放と受け取り、賤民は今まで入れなかった銭湯や村の祭りに出入りするようになる。これが本村の住民には、増長、傲慢、不遜に見えて我慢がならない。そこに工部省のお雇い外国人の視察が始まると、この外国人が子供を誘拐して売り飛ばしているというデマが広まり、白衣のものを見ると半鐘を打ち鳴らせとなった。そしてある時、半鐘を聞いて約2000人が駆けつけ、誰かが焚きつけるとあっという間に被差別部落への襲撃となった。家に火をつけ、竹やりで部落民6人を突き殺した。美作一揆で刑に処されたものは2万7千人にのぼる。放火や殺害を行いながら進軍する一揆勢から、村々に「一揆に参加しなければ殺す」などとけしかけていたのだ。

 思わず思い出したのが、独ソ戦のスターリングラード攻防で、スターリンの命令により督戦部隊が投入され、逃げようとする味方兵士に容赦なく銃撃している映像。日本の一揆でもそうだとすると、普遍的な心情心理であり、恐怖こそ人を駆り立てるのではないか、と思えてくる。

 新政反対一揆は世直しではなく、旧体制の復活を求めている側面もある。秩父事件はさておくとして、日比谷焼き討ち事件の影響が、関東大震災時の朝鮮人虐殺に及んでいる。日露戦争で勝利したのに、講和条約で賠償金はなく、樺太の半分だけとは弱腰すぎるという国民感情での反対運動。これを放置しておくと厭戦と国家への貢献忌避につながると懸念した政府は、官製の青年団を全国市町村に結成すると共に、日露戦争の帰還兵を在郷軍人団として組織化していく。これが関東大震災の朝鮮人虐殺に加担した自警団の素地となっていった。

 著者の藤野が語りかける。民衆の暴力が自分より強い者に向かう場合と弱い者に向かう場合をあえて分けない。権力への暴力と被差別者への暴力とは、どちらかだけを切り取って評価したり、批判したりすることが困難なほど、時に渾然一体となっている。したがって過去の民衆暴力を簡単に否定することも、権力への抵抗として称揚することとも、異なる態度が求められる。

  さて、このところの岸田政権は次から次へと理不尽な法案を可決している。国民を説得しようという気はさらさらない。その論理も持ち合わせていない。暴力といっていいだろう。富山駅前でのスタンディングに時に参加しているが、その虚しさは何ともいい難い。

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