春愁

「春愁が今日も一杯やれと言ふ」。朝日俳壇で見つけた古田哲弥の句であるが同感である。返しというわけでもないが「春愁をひとりで抱え痛飲す」(拙句)。自らの愚かさを嘆きつつ、ここのところ酒量は上がるばかりだ。内憂外患という状態だが、内憂は自らの意思で選んだものである。今更放り出すわけにはいかない。60歳を過ぎてのものだけに「命もいらず、名もいらず、官位も、金もいらぬ」とまではいわないが、それに近い。といって面倒なことは嫌だ、よきに計らえというわけにもいかない。年齢相応の自負もあり、責任感も人一倍とくるからやっかいである。そんなことを思っているところに、朝日新聞が4月24日、谷内正太郎・国家安全保障局長を「政々流転」で取りあげた。中学・高校の2年先輩でもあるのだが、飾らない人柄である。一度席を同じくした時に、谷内と同期で既に亡くなっている新湊出身の稲垣正樹、伊藤秀樹・両先輩の記憶を熱く語ってもらい、男の侠気を感じうれしかった。望まぬ表舞台へ、しかもあのアベクンに請われての就任だが、苦闘苦悶の日々ではないかと想像している。
 そういえば橘曙覧(たちばな・あけみ)の独楽吟を初めて聞いたのは彼からであった。尊敬してやまない若泉敬が曙覧の歌を愛吟していたのである。若泉は沖縄返還交渉で佐藤首相の密命を受けて外交に携わり「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」を著し、記録としているが、核持込の密約に苦しみ自裁している。佐藤が若泉を使い捨てにしたように、アベもまた同様と当然予測したうえでの就任であろう。靖国、従軍慰安婦、強制連行などいわば歴史認識に関するまったく勝ち目のない論争を米国、中国、韓国とどうやっているのか。一度谷内の胸の内を覗けるものなら覗いてみたいと思う。
 「たのしみは朝起きいでて昨日まで 無かりし花の咲けるを見るとき」。独楽吟の一首だが、96年天皇皇后両陛下がアメリカを訪問した際に、クリントン大統領がその歓迎スピーチで引用している。谷内が若泉の胸の内を推察し、同じように独楽吟で慰めているのではないかと想像する。
 そして、思い出したように書架の奥まったところにあった30年前のものを引っ張り出してきた。永井路子の「はじめは駄馬のごとく」(日本生産性本部)で、ナンバー2の人間学をまとめている。親友の岡本文彦と呑んだ時に、岡本がいつになく真剣にナンバー2の生き方、その美学について語り出し、そんな風にお前は生きているのかと感心した記憶がある。周恩来を見てみろ、あの毛沢東を終始立てながら、ナンバー2を全うし、どれほど国民の人気を得、外交の前面に立ってはあのキッシンジャーが一目置かざるを得ない存在だったのだ。力がありながらそれを押し殺して事にあたる人間というのは格好良くないか、という具合である。岡本はその頃ベンチャー企業の専務であったから、ナンバー2の押し殺し方を知り、それでいてその醍醐味をつかみつつあったのかもしれない。
 わが外患の多くはアベクンに起因する。オバマを国賓として来訪させることに成功したが、世界秩序を構想するオバマにとってアベは真面目に対話する相手でないことは確かである。アベは日米同盟を明らかに変質させようとしている。従来は従属は従属であったがそれを自覚し、意識して政策を行われていた。今はどうか。「敗戦を否認」しようとする戦後レジームからの脱却というが、勝手な反知性ともいえる思い込みに過ぎない。「真意を説明する」と繰り返すが、説明できるだけのものはまったく持ち合わせない。わかってくれるはずという甘えにすがっているだけである。「すきやばし次郎」では谷内も同席しているが、おもねるアベの言動が恥ずかしくてオチオチ寿司も喉を通らなかっただろう。尖閣という安全保障の代償にTPPという国益を差し出している構図が見える。ナンバー2・谷内正太郎の起死回生の諫言を見守るしかないのだが、大きなしっぺ返しによる「永続敗戦レジーム」に堕ちていくしかないのだろうか。春愁はより深くなるばかりだ。

© 2021 ゆずりは通信