999.9(フォーナインズ)

 77歳にして、妙にこだわっていることに驚く。08年新宿伊勢丹で求めたメガネは、何と15年の使用に耐えた。レンズのコーティングが剥がれ、フレームの劣化も目立ってきたので、はてさてと迷いながら、軽い気持ちで近くの眼鏡市場に出かけた。一式19800円の店はためらいを許さない。あれよあれよと30分ばかりで、フレームもDAKSと刻まれており、買ってしまった。数日おいて、起きざまに鏡を見ると、40年前に富山市総曲輪のウスヰで買ったフレームと同じではないか。確か部長に昇進したのだから、この程度を掛けなきゃと15万はしたと思う。そんな思い出がふとよみがえり、とても掛ける気がしなくなった。

 老い先短いから我慢してはどうかというが、そうはいかない。やはり、朝の鏡でいい顔を見たい。そんな思いで、伊勢丹で求めた999.9(フォーナインズ)に切り換えることにした。ブランドなど全く気にしない合理主義者を任じているが、ここは15年間使用に耐えた999.9ブランドへの恩返し。81,400円だったが、納得のいく買い物である。

 思えば、眼鏡とは60年以上の付き合いとなっている。教室の最後尾の席が定位置だったが、黒板の字がおぼろげになったのは中1ぐらいだろうか。新湊の明治屋時計店で、黒い丸縁メガネだった。夏休みの最大イベント町内対抗軟式野球大会での相手側のヤジが思い出される。投手で4番というチームを支えるポジションだったが、「まるメガネ、まるメガネ」の大合唱だった。気障な中学生に見られていたらしい。メガネの償却費用は年1万円、ほぼ60万円使ってきたことになる。あと8年持つとすると、この999.9は最後のメガネで棺に入れてもらえる代物となる。

 そういえば、ウスヰも明治屋も、宝石・時計・メガネと打ち出して、商店街の中心となる老舗だった。それがあっという間に、メガネディスカウント旋風が吹き荒れ、地方老舗を蹴散らしていった。富山で最初に目にしたのが仙台発の弐萬圓堂で、2000年頃だったか、三男の眼鏡を買った。その弐萬圓堂も東日本大震災で本店などが罹災して、債務超過に陥り、支援機構の支援を受けてアコールに譲渡されている。現在静岡発の眼鏡市場(メガネトップ)がシェア1位だが安閑としておれない。市場が伸びていない上に、価格が低いままでは、縮小均衡していくしかない。樹脂化したレンズはすべて個別生産であり、生産性の向上は難しい。地場で多店舗化に挑戦しているハラダ、ハシヅメにしても、限界にきている。加えて、後期高齢者の大半は白内障予備軍であり、メガネの前にこの手術が待ち受けている。中学高校同期の竹林英一郎が手の器用さを活かして眼科医をやっていたが、先日届いた同窓会報で訃報を知った。

 さて、老人に対応してくれたスタッフは60歳前後で、メガネ戦国時代を生き抜いてきた戦士の感じがした。あらゆる業種で企業、個人を問わず、生き残り競争が起こっているのは間違いない。

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