常駐フリー

 週刊朝日が101年の歴史に幕を下ろした。5月30日発売の「休刊特別増大号」は発売後に即重版となり、異例の4刷と続き、16万5000部を記録した。前号の部数74000部の2倍である。しんがりの編集長を務めた渡部薫は、異例の4刷は読者からのカーテンコール。「最後」が生んだ奇跡だが、通常号でこの奇跡を起こせなかったから休刊となったと敗軍の将の弁。更に痛切な思いとして、常駐フリーと呼ばれる業務委託契約者13人の首切りに及んだ。デザイナーで30年以上も関わった人もおり、休刊は職場の消滅でもあった。渡部も出来得る限りの伝手を頼ったが、全員を次なる職場につなぐことは出来なかった。そして、メディアがやせていくのを食い止め、新たな職場を作り出さねばならないとの覚悟を綴る。

 果たして、どうだろうか。これは私見だが、朝日新聞の雇用が総崩れになっていく予兆ではないのか。週刊朝日の一部連載を「AERA」に引き継ぐというが、「AERA」だってわからない。新たな職場を作るとは新たな雑誌を創刊することだが、至難のことである。朝日の社内に尖った人材がいるだろうか。本紙の部数も激減している現状で、勝負を掛けるゆとりはないだろう。新聞経営はその経営モデルに安住することができた。準寡占状態で、購読料、広告収入、チラシ折り込み料という安定的な収入源があり、部数維持さえ考えていればよかった。厳しさに立ち向かった経験も気力も持ち合わせていない。

 奇しくもマガジンハウス最高顧問の木滑良久(きなめり・よしひさ)が7月13日亡くなった。30年生まれの93歳。「週刊平凡」「平凡パンチ」「アンアン」の編集長を経て、76年に「ポパイ」、80年に「ブルータス」を創刊した。嗅覚を研ぎ澄まして時代を読み切ったのだろうが、才能だけではない、時代が追い風となったのだ。老舗ではない、新興出版社というのも幸いしていた。

 さて「常駐フリー」をキーワードに、激変する労働現場を考えてみたい。新聞業界だけに限らず、あらゆる業界で、仕事の二極化が急速に進んでいる。中核で働く少数(ワーク)と、周辺で働く多数(レイバー)といっていいだろう。渡辺編集長が首を切らなければならないのは、自らを含めた社員である。退路を断って、新たな職場を自ら創造していく気概こそ求めるべきだった。中核で働く少数とは、こんな男だろう。倒産した佐藤工業から倉庫業に転じたが、倉庫で預かった原料を加工して付加価値を付けることを思い付く。自らのエンジニア精神に火が付き、アイデアが湧き出てきたという。高卒程度であればよしとした倉庫業に、こんな人材が活かされていく成功例である。もちろんトップの英断もある。専門性を磨いた「常駐フリー」に年俸プラス成果報酬制度で報いていく構図でもある。専門性に磨きをかけないでオールラウンダ―と称して、終身雇用で守られている存在は不要になっていく。更にいえば、専門バカでは新しいものが創れないのも事実。総合的な好奇心と知恵となるインテリジェンスを持ち合わせねばならない。

 老人の悩みは、市場選好性という資本主義の肝のところに、弱者を生かさない刃があるということ。これはわが人生観に反することで、弱者を包摂していくことが絶対命題である。「常駐フリー」も絶えずその才能が試されるというリスクを抱えている。やっかいで、複雑な時代なのだ。悩みは深い。

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