「生涯編集者」

 何が幸せか。福沢諭吉を持ち出すまでもなく、生涯を貫く仕事を持つことに尽きる。編集者というのは、作家の発掘育成から、作品の着想や助言など作家以上の能力が求められる。また雑誌をどんな企画で、どんな書き手で、と時代を読むセンスも不可欠。そして、ほとんど知られることもない黒子だ。そんな存在を初めて意識したのは、伝説の編集者と呼ばれた坂本一亀。河出書房の「文藝」編集長として、同人誌を読み漁り、新人発掘に努め、作家・高橋和巳などの才能を見いだした。坂本龍一の親父である。

 しかし、今に至るも影響を受けているのが原田奈翁雄(なおお)。彼は筑摩書房の「展望」だが、70年に季刊「人間として」を小田実・開高健・柴田翔・高橋和巳・真継伸彦を糾合して創刊した。全共闘後の混迷に志高く切り込み、その熱気に若者はすがりついたといっていい。それ以来、彼が関わる本や雑誌を追いかけてきた。筑摩書房が倒産し、間を置かず山代巴全集を出版するために径(こみち)書房を立ち上げ、その勢いで季刊「いま、人間として」に挑み、それが重荷となって身を引き、99年に新しい連れ合い・金住典子と小さな季刊誌「ひとりから」を16年間発行し続けた。「ひとりになれないものは、二人にもなれないそうな」と挑戦的なコピーが目に付く赤い装丁の58冊が書棚に並ぶ。

 思えば、何と50年になる。その原田が卒寿を過ぎて、遺すべき詫び状として書き起こした。渾身の遺書である。さて、どこが出してくれるのか。みすず書房の検討会議では1千部で、単価5千円となっていた。そんな曲折があって結局、高文研に持ち込むことになる。ぎりぎり折り合っての本体価格は2200円。この3月、新著「生涯編集者」が店頭に並んだ。副題は原田のこだわりで「戦争と人間を見すえて」になった。

 大きく頁数を占めるのは「お聞きください、陛下」。高文研の編集者がぜひ、入れるべきだとこだわった。天皇の戦争責任をこれほど真摯に問いかけるものはない。88年末に死期が迫る昭和天皇に問いかけずにはおれなかった原田の思い。例えば、戦争を始めたのは私の意志ではないと、昨日までの敵将・マッカーサーに向かってこうおっしゃいました。「私が反対したら新しい天皇が擁立されたに違いない。あの時、どんな天皇であっても国民の意に叛いて開戦に反対できなかっただろう」(LIFE46年9月4日号)。そして45年2月14日、近衛が敗戦必至の情勢に、戦争終結を上奏した時、あなたはもう一度戦果を挙げてからでないと話が進まないと躊躇された。つまり国体護持にこだわったために、沖縄、広島、長崎の惨劇を招き、あなたの臣民である数百万人が殺され、焼け死に、餓死せざるを得なかったのではないか。怯まない原田は更に続ける。本島等・長崎市長の天皇に戦争責任ありの議会発言に、右翼からの脅迫はもちろん賛否の投書を殺到した。この投書を出版社の責任でまとめ「長崎市長への7300通の手紙」として径書房から出版した。根底にあるのは、私は私を生きるというはっきりした意志。これを主権者革命として呼び掛けている。天皇の戦争責任を乗り越えない限り、国際社会で相手にされないことは明白である。

 屹立した編集者はすべてを引き受けなければならない。当然家族に対しても。径書房の破綻が離婚の遠因になり、長女の純は小中学校で不登校を続け、中学の時に全中共闘で活動した。荒れに荒れた生活というが、径書房を継ぎ、「ちつのトリセツ」なる本を自ら書き、楽しくもがいている。妹はガラス工芸をやっていたが、3人の子を育てた。長男・健は市民運動を続け、現在は藤沢市議として幅を広げている。それぞれに、私は私を生きるという意志が垣間見えて、原田一家らしい。

 最後にお願いである。次世代に詫び状を書かなければならない団塊世代は、ぜひこの1冊に目を通してほしい。5千円と想定された価格を2200円にした著者の思いを忖度しろ、ということ。

 

 

 

 

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