捨てる技術は、究極モノを持たないこと

「もったいない、もったいない」が体に染み付いている世代である。祖母はおひつを洗いながら、底のご飯粒をすくって残さず口にしていた。お米を粗末にするのはもってのほか、という明治生まれ。彼女に育てられたのだから、もったいないがこびりついている。ところが最近考えを変えた。まず食事。2人(息子と)所帯だととにかくテーブルに食い物が残るのである。高2の息子には食い物を残す事にさらさら罪悪感がない。何度も口うるさくいうのも男親の美学に反すると、内心困ったものと思いつつ口をつぐんでいる。この残飯整理を一人やっていると体重がじりじり増える。68、69、70、71と。さすがに考える。もったいないが大事か、命が大事なのか。このままでは豚のようになって、糖尿病に高血圧と野たれ死ぬだけではないか。息子が家を出て行くまでは、思い切りよく捨てることにした。ごめんなさい、ポイである。

宗旨変えをしたところに「捨てる!技術」なる本がベストセラーに。50万部を突破しているという。世の中には同じ悩みを抱えている人のなんと多いことか。そして周りを見まわしてみると確かに、不用のものがあふれかえっている。タンスをあけて見ると、出るわ出るわ。滅多に着ないものの山。食器棚も押入れも然り。これでは倉庫に住んでいるに過ぎない。机の周辺も然り。とりあえず、とっておこうが積み重なったもの。この本によると?仮にはだめ、今決める?いつか、なんてこない?しまったを恐れないーなどなど。そんな風に考え出したら、モノを極端に買わなくなった。不況の手助けをしている。形あるモノは必ず壊れ、ごみになる。さすれば所有せずに利用するだけでいいのではないか、に落ち着く。定年を前に家を新築するだの、セカンドハウスを作る話を聞くが不必要と思う人間には無用の長物。ホテルかウイークリーマンションを渡り歩いての旅、家は売却して賃貸マンション、それも都心で便利な新築のワンルーム。車はタクシーかレンタカー。の住み処はケアハウス、特養ホーム、老人保健施設、病院、ホスピス病棟と健康、病気の状態で住み換えていくだけで十分ではないか。もちろん葬儀無用、墓不要でいい。しかしこれでは再婚の予定もないが、 究極妻不要となってしまうのではないか、と恐れている。

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