リンカーン

初めて首都ワシントンを目の当たりにしたのは30歳の時。都市計画の雄大さに圧倒された印象が今に残っている。椅子に座り、精悍なリンカーン像がおさまるリンカーンメモリアル、そこから見渡す壮大なワシントンメモリアル、その先を登った高台のアーリントン墓地。いわば歴代大統領の素晴らしさを演出することで国威を発揚しているのだが、移民国家を統合するためにこれほどのモニュメントが必要なのだ、という思いもかすめた。
 そんなことを思い出しながら、5月27日映画「リンカーン」を見た。大理石像がそのままスクリーンに現れたのではないかと思わせるデイ=ルイスがいい。スピルバーグ監督はドキュメンタリー映画のように、歴史のひとこまを再現している。
 大統領に就任するや、それを待っていたように南北戦争が始まる。ほぼ4年間にわたる内戦で62万人もの死者を出していることに驚くが、リンカーンが果たしたかったのは奴隷解放ではなく、合衆国を離脱した南部11州の再統合にあったというのが理解できる。共和党と民主党の厳しい対立の中、憲法修正第13条の議決では様々な策謀で辛うじて下院を通過させる。それも兵士たちの屍が折り重なるのを見ながら、また一方で南部の指導者をひそかにワシントン郊外に待機させ、決断のタイミングを計りながらだ。その執念は大統領再選を果たして、ようやく実ることになるが、待っていたのはフォード劇場での一発の銃弾だった。
 見終わってつくづく思うのは、日本外交の危うさである。この映画が描くアメリカ合衆国が独立戦争と南北内戦で獲得してきた民主主義と現実に切り込む実用主義に対抗するだけのものを、日本はどれほど身に付けているか、だ。本当に危ない。
 そんな思いでいるところに「日米関係に新しい外交を」(世界6月号)が飛び込んできた。寄稿しているのは猿田佐世。アメリカで活躍し始めた弁護士、36歳である。
 安倍首相が2月に訪米した際に講演した「戦略国際問題研究所」なるシンクタンクの胡散臭さを挙げている。この組織は外交プロトコール(国際儀礼)上の地位がかなり低く、首相が足を運ぶようなところではなく、当然オバマ政権内の人間は誰もおらず、いわば日本向けにしつらえられた内輪のための演出と断じている。こうした民間のシンクタンクは政権交代で活動の場がなくなる人の受け皿となっている。「戦略国際問題研究所」は日本企業からの多額の寄付で成り立っており、戦後自民党長期政権のお膳立ての一切を担ってきた。安倍も何度も訪れており、講演途中に所長のジョン・ハレムやマイケル・グリーンの顔を見て、「ジョン、マイク」と呼びかけ、乳くりふざけることも隠そうともしなかった。「安倍首相はアメリカの国益を損なう国粋主義者」とする米議会報告を、米政府の公式ではないと批判したが、自らの「日本が戻った」と演説した場所及び人物たちこそアメリカの誰も評価しないレベルであった。
 猿田は更に指摘する。鳩山が普天間移設で連日批判にさらされていた時に、この問題を管轄する米国議会下院外交委員会アジア太平洋環境小委員会の委員長は、沖縄の人口は何人か?と聞いたくらいで、全く知らされていなかった。アメリカの一部とくるんで、日本世論を簡単に操作していく手法がいまに通じているのである。そんな反省もあって、稲嶺名護市長がワシントンを訪問した時は、この猿田がコーディネイトしている。
 そして、この猿田が自らワシントンで、シンクタンク「新外交イニシアティブ」を立ち上げた。快挙である。日米外交ムラに対抗していく、といってしまうと猿田の真意からは離れてしまい、猿田叩きが始まる恐れがある。官邸のマスコミ介入とそれに迎合するマスコミ。改憲、原発、TPPと待ったなしの課題を抱えての参院選は目の前である。
 和製リンカーンの出現が待たれるが、焦らずにやっていこう。

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