「海とタコと本のまち」

 書店をぶらつくのは今年も変わらない。懐かしい書名が眼に飛び込んできた。「炎環」。大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の関連本コーナー。64年の直木賞受賞作で、著者は永井路子。初めて買った歴史本である。彼女が東京女子大卒というのが決め手になっていた。64年は東京での下宿生活が始まった年。閉鎖的な高校生活から解放されたということもあり、高校同期からの誘いで、その秋東京女子大の学園祭に出かけた。「炎環」にはそんな記憶が張り付いている。みずみずしかった感受性も反応したのだろう。実朝の和歌「大海の磯もとどろによする浪われて砕けて裂けて散るかも」をそらんじて、策謀渦巻くなかでの若き実朝の孤独を思いやった。わが青春の一コマだが、いつしか興味はマスコミ出版に向いていった。05年、わがユーウィンの定款に出版を加えたのだがその後動きがない。しかし、今年は何か動きそうな予感はしている。

 新年を迎えた76歳の眼に飛び込んできたのが「認知症世界の歩き方」(ライツ社)。1月8日の日経書評欄「ベストセラーの裏側」は、この認知症本が9刷9万部突破して異例のヒットとなっているという。著者の筧裕介は一橋大学から博報堂に入ったデザイナー。「認知症の課題解決はデザイナーの仕事だ」と広言して、認知症の100人にインタビューした。彼らの記憶や感覚のトラブルを13の架空の観光スポットを巡るストーリーに置き換えて図解入りで解説している。この書名に「世界の歩き方」を加えなければ10万部とはならない。書名が決め手となっている。驚くのはこれを売り出したライツ社だが、兵庫県明石市にある。16年に京都の出版社で同僚だった若いふたりが創業した。社名は「writes」「right」「light」、つまり書く力で、まっすぐに、照らす。編集担当の大塚が30歳、営業担当の高野が33歳の時で、資本金970万円は二人で分担し、運転資金2000万円は日本政策金融公庫から借りた。年間に刊行するのは5点程度。東京であれば、これほど注目されることはない。「海とタコと本のまち」は明石市長が名付けた。こんな個人に近い零細出版社が著者を見つけ出し、定価2090円の本を10万部、つまり2億円を売り上げたのである。

 出版不況、書店消滅と聞かない日はない。数を打てば何か当たると、出版社は大量に本を出版する。書店は売れないと、これまた大量に返品する。それを穴埋めするためにまた新刊を出すという悪循環。出版社も取次も書店も、余分な仕事で空回りしている。ライツ社は徹底的に適正数を意識する。余分な在庫を持たず、持たせず、重版するのも少しずつ。営業の高野は前職で全国の個店舗営業をしたので、ほぼ全都道府県に顔見知りの書店員さんがいる。売場規模がわかっているので、どこにどのくらい置かれるか、立体的に見えている。「この料理の本をあの売場に置いたら絶対に売れるはず」と切り出す。こんな手作り感覚がいいのだろう。

 ライツ社の刊行物を挙げてみる。「もうあかんわ日記」「売上を減らそう」「ずっと読みたい0才から100才の広告コピー」「スープかけごはん」。書名のセンスがいいのだろう、どれもそこそこ売れているように見える。創業2年目から黒字に転じたのだから、見上げたもんである。

 さて、今年の初夢だが、定款に出版を書き加えたわが小社から、せめて1万部くらいのヒット作を世に出してみたい。そういえば、ベストセラーに事欠かない瀬戸内寂聴も東京女子大卒だった。

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