「琥珀の夢」

 日本経済新聞のしたたかさに感じ入った。看板とする終面の連載小説である。伊集院静の「琥珀の夢」が終了して、9月5日から林真理子の「愉楽にて」に変わった。一読して、これは数年前に高村薫から渡辺淳一に引き継がれた手法と同じではないかと思った。林真理子は渡辺淳一をなぞるようにシンガポールの高級ホテルの情事シーンから筆を進めている。日経の月額購読費は3,670円で、朝日などの3,093円の2割高である。このご時世だから、それでも部数は減っているだろうが他社に比べれば軽微といったところだろう。日経読者層は朝刊を手にした時から、人に知られずワクワクできるのである。経済情報を詳しく知る目的を果たしながら、余禄のような形で性愛小説が楽しめる。女性読者も増えてはいるのだろうが、不倫がどうのと騒ぎ立てず、にやにやと読んでいる上司を揶揄するくらいの幅を持っている層である。朝日だとこうはいかない。新聞小説の伝説的な成功例として、戦後まもなく北海道新聞・東京新聞・中日新聞・西日本新聞に連載された山岡荘八の「徳川家康」がある。これが長編ゆえ10年以上続いた。新聞の衰退は必然だが、こうした連載小説でのしたたかな生き残り策がもっとあっていい。

 ここは伊集院静のサントリー賛歌でもある「琥珀の夢」だ。創業者・鳥井信治郎の半生紀「道しるべ」に寄りながら綴っている。大阪・船場で丁稚奉公からはじめて、20歳そこそこで店を持ち、赤玉ワインで勝負に出て、登りつめていく。そして、次は赤玉のもうけをすべて注ぎ込んで、利益が出るのが数年後となるウィスキーに打って出る。この頃はわが青春時代とも重なる。新宿紀伊國屋裏にあったニッカバーは呑んだ量を定規に測って売っていた。友人3人でボトル2本を空けて、その勢いで歌舞伎町にあった忘れもしない「トワエモア」というトリスバーに入った。3人の有り金をはたいて勘定を払い、階段を昇る途中で友人のひとりは吐いてしまった。片付けるゆとりもなく、抱きかかえるようにして柏木の下宿にたどり着いた。その後、これが角瓶だ、ダルマだと憧れるように上級酒に踊らせられた。開高健や柳原良平の手になる「洋酒天国」もさりげなく下宿に置いてあった時代である。

 松下幸之助も生涯、師と仰いだという信治郎という天才商人の中に、父から学んだ辛抱と、母から教わった信仰心と陰徳という商いとは無関係に見える土壌があり、その土壌があったればこそ「やってみなはれ」という商人の才覚とひらめきが育ったと伊集院は見る。そして次だ。昭和35年、サントリーはオールドなどウィスキーでの収益を元手にして、信治郎の息子である佐治敬三はビールへの進出を決める。しかし、このビール事業は45年間も赤字を計上し続け、やっと平成20年に黒字化したのである。「もしサントリーがビール事業に進出していなかったら、今ごろサントリーはどこかに消えてなくなってましたやろ」と佐治はうそぶくが、サントリーホールなど「でっかく儲けて、でっかく散じる」精神も含めて、信治郎の遺伝子はその末裔にひきつがれていった。

 政治の世界もそうだが、前原民進党代表はありそうにない幻の支持層を求めて右往左往している。選挙民が何を望んでいるかを把握して、ダイナミックに次に切り替えなければならない。「愉楽にて」を読む層は週刊文春がどうしたと思っている。

 

 

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