統一戦線構築なるか

戦争法案の強行採決を見ながら、むしろアベクン側が追い込まれていくのではないか、そんな思いがした。強いがゆえに脆(もろ)く、弱いがゆえに勁(つよ)し、だ。見えない影の勢力からすると、アベクンのピエロの役割は既に賞味期限切れで、お払い箱というシナリオが描かれているのではないか。60年安保の岸信介から、所得倍増の池田勇人への大きな舞台回しを演出したように、底の見えたピエロに三度踊って見せろといっても、選挙民は新鮮な気持ちにはなれない。次なるピエロをどう探し出すか。世論の動向をじっと見据えて、必死に次の一手を探っているはずである。この蠢く勢力というのは日米にまたがり、12年にまとめた「アーミテージ・ナイ報告書」につながり、ジャパン・ハンドラーとなって文字通り日本を操っている。生活の党の山本太郎が参院審議で指摘したが、この報告書の完全コピーが一連の戦争法案である。鎌田聡の「本音のコラム」(東京新聞9月22日)はこう言い切る。日本の首相が国会で諮る前に米国で法案成立を約束し、自衛隊の統合幕僚長が米軍の責任者と先駆けて約束する。60年安保時に、(岸内閣は)アメリカ帝国主義の手先であるという藤田省三の指摘とピッタリではないか。削減された米軍予算と米兵の代わりに、日本のおかねと若者の命を差し出すのが武力攻撃事態法だ。手先は、命令を聞くばかりでなく、率先して迎合していく、と。このままでは終わらない、いや終われない。
 いま注目しているのは、共産党が安全保障関連法の廃止を目指して、来年夏の参議院選挙でほかの野党との選挙協力を呼びかける方針を明らかにしたことだ。ここで思い出したのが、74年に作家・松本清張の仲介により日本共産党委員長・宮本顕治と創価学会会長・池田大作のトップ会談が行われ、創共協定が成立したことである。60年代に東京・山谷、横浜・寿町、大阪・釜ヶ崎の貧民街で、創価学会と共産党はその支持を熾烈に競い合ったという友人の話も忘れられない。強大な自民勢力に対抗するため休戦して、手を携えようという試みであった。ポイントは松本清張的な存在である。もし、野党連携の動きを加速度的に高めようとするならば、憲法学者、科学者、市民、シールズ代表などの広汎な市民層を野党連合の結び目に置くことが大事であろう。特定秘密保護法から始まり、憲法解釈改憲、戦争法案とひたすら戦後レジームからの脱却と駆け抜けようとする勢力に歯止めをかけるためには不可欠な要素である。恐らくこの機会を逃せば、大きく右旋回したままの政策が続き、息苦しい時代がやってくることは間違いない。自民党はもはや保守政党ではなく、右翼政党に成り代わり、大政翼賛会的政党に変質したという河野洋平、山崎拓の慨嘆はその通りである。引き返せるとすれば、この時しかない。戦争法案廃棄に向けた統一戦線の構築ができるかどうかが鍵を握っている。とにかく新しい時代を切り開く大きなグランドデザインで希望を提示することだ。
 アベ官邸の愚劣な振り付けによる世論操作に負けてはならない。「そこまで言って委員会」「情報ライブ ミヤネ屋」への出演や、実らなかったが北朝鮮訪問へのサプライズ画策などを見ればわかるようになりふり構わずの攻勢に出てくるだろう。しかしこれ以上、国民をなめるようなやり方に屈するわけにはいかないだろう。
 恐らく戦争法案の違憲賠償訴訟が1000人規模の弁護団を結成して、東京地方裁判所に提訴されることになろう。この裁判闘争と並行して、統一戦線での政治闘争、そして非暴力不服従抵抗の市民運動が起こるはずである。弱いがゆえの勁さ、を見せる時がやってきた。

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