「いもや」の天麩羅。

浅草に着いたら、吾妻橋のたもとで待つように。そういわれて息子と二人待っていると、配達用のライトバンで先輩は現れた。大恋愛の末、米屋に婿養子に入り向島在住40年。4月から遊学する息子のアパートを探してやる、というありがたい申し入れであった。隅田川を渡ると、そこはまったくの下町。車一台がやっとの通りを軒がひしめき合う。しかし、公園、堤防沿いに並ぶホームレスの水色のシートの住まいは異様である。歩道にまではみ出してきやがって困ってるんだ、最近では女のホームレスまでいるんだから、と先輩の江戸弁が耳に響く。さてアパート巡りだが、芸妓さんがまだ眠っているので静かに、と家主にいわれて、はたと考える。「ちょいと隣の学生さん、まだ起きて勉強しているの。お寿司があるから夜食にどうぞ」という具合になるかもしれない。そんなことなら親父の俺が住みたいくらいだ。というわけで向島は早々に退散した。先輩は墨田の川風に吹かれて、永井荷風なんぞ読むなんていいと思うけどな、と残念そうであった。

向かったのは大学のある水道橋。神田三崎町の日本大学法学部。すぐに思い出すのが体育会系に守られた古田専制体制を粉砕した日大全共闘・秋田明大。歳がわかろうというもの。大学の職員の態度も気に入らない。下宿を探しに上京した親子に、ポーンと不動産屋のスクラップを投げてよこすだけ。こんな大学、はいってやらないぞ、と啖呵を切りたいところだが、ここしか合格していないのだから黙るしかない。

ともかく昼飯だ、と入ったのが「いもや」。とんかつ専門もあるが、ここは天麩羅専門。なんと600円で天麩羅定食、海老天定食が800円。これがうまい、天米、天国に引けは取らない。土曜日というのに中年の列である。4年間これが食えるというのは幸せだ。うれしくなってきた。神保町の交差点を指差して、あそこの角のビルの8階に岩波ホールがある。ここにかかる映画は必ず全部見るのだぞ。2,000円を惜しむなよ、授業なんぞさぼってもいいのだから。こうしたお節介が悪いのは重々わかっているのだが、つい出てしまう。

そして次に向かったのが、中央線沿線を狙おうと阿佐ヶ谷へ。高円寺でもよかったが何となく阿佐ヶ谷に。駅前の不動産屋に飛び込む。6万円前後というと駅から徒歩14~15分。ロフト付きの6畳。このロフトが気に入っているらしい。3件を不動産屋の車で廻る。パール通りなるアーケードの庶民的な商店街もいいと思ったが、引っかかるのが駅から遠いところ。ここは明日決めよう、ということで引き取る。不動産屋へは、先客があったら、そちらを優先しても構わないと一言添える。

歩き疲れたので、東京定宿のホテル海洋に辿り着く。途中のコンビニで入手した賃貸物件情報に見入る息子。ここは執念というべきか、都営三田線沿線に目をつける。新築で7万円。すぐに出かけようという。気が進まないが仲介不動産屋だけでも、ということで池袋へ。午後7時半過ぎ。翌日部屋を実際に見ることにして、次男との約束の目白へ。どういうわけかフランス料理。ひとりワインを飲んでいい気分になって、父子3人の団欒である。

次なる日は、何が何でも決めようと出かける。北区滝野川で板橋周辺。地下鉄三田線新板橋駅、埼京線は板橋駅、都電荒川線で利用できるところ。昨夜一応目安をつけていたので流れがスムースである。一番先にせっかちに歩くのがリュックのおじさん。仲介屋の人の好い、お兄ちゃんで愛媛出身、埼玉大学卒が、付き添ってくれる。最初が新築物件。これは家賃に共益費を入れると8万円になる。風呂とトイレが別でちょっと狭いが至れり尽くせり。そして次が木造。築15年のいかにもの安普請の2階建て。上下3部屋の6室で2階の真ん中。日当たりはまあまあ、ロフトがついている。65,000円(共益費含む)。さあ。この時点で決めよう、というと、今すぐにかと口をとがらせる。人生には決断しなければならないときがある、それが不十分な選択肢であってもだ。運とか、縁とかもある。完全無欠な選択はいつだってありえないのだと諭す。心根の優しい息子はこの木造でいいという。ようやくにして下宿探しが終わった。

帰りの列車時間までの3時間。どうしても見たかった江戸東京博物館へ。江戸開府四百年記念「八百八町展」を見学する。江戸の町民の何といきいきしていることか。鎖国も悪くはない。そうすれば、ブッシュも、金正日も考えなくていい。中国からのデフレ圧力もない。最高のリサイクル社会が出来るはず。小泉よ、鎖国宣言して日米安保も即刻廃棄し、国際連合からも脱退せよ。俺は本気だ。

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