「候補者たちの闘争」

 衆参同日選が現実味を帯びてきている。権力を維持するためには、何でもやる政権だ。見え透いた芝居をまた演じるのは間違いない。候補者たちは落ち着かない日々を送っていることだろう。いずれにしても忘れることができないのが前回2017年の総選挙だ。小池都知事が舞い上がり、すぐにこけ落ちた思い出したくない出来事だが、その影響が今に引きずり、しかも色濃く影を落としている。この間の修羅場を自ら東京4区で立憲民主から立候補し、敗れた井戸まさえがドキュメントとして綴ったのが「候補者たちの闘争」(岩波書店)。当事者のみが持つ迫真性が説得力を持たせている。選挙とカネと政党が織りなすドラマは実に面白い。敗者にこそ真実がある。同学年でもあった亡き仙谷由人が12年の総選挙で落選して「この割り切れなさをどう受け止めたらよいか」と苦悩を隠さなかった、という記述にほろりと来た。

 彼女の経歴だが、65年生まれ。東京女子大を出て、松下政経塾を経て、東洋経済新報社に入社。最初の夫・勝又恒一郎が同じく政経塾で神奈川県議から比例復活ながら衆議員も務めていた。政治家の妻では飽き足らなかったのだろう、離婚して再婚し、芦屋に居を移し、自ら兵庫県議選に出馬する。最初は落ちるが補選に挑戦し、2度当選。09年衆院選に兵庫1区で挑戦し、当選を果たしている。5児の母でもあるが再婚相手との子を離婚した夫の子として届けろといわれ、裁判を起こしその経緯をまとめたのが「日本の無国籍者」(岩波新書)。大変なエネルギーを持つ女性であることは間違いない。

 さて本題だが、92年日本新党の細川代表が松下政経塾を訪れ、塾生を貸してほしいと依頼したことが今に続く政治の転換点。94年総選挙で、野田、前原など7人が当選し、政治家のリクルートシステムと機能し、大きな影響を与えていく。17年9月、解散2日前に民進党が希望の党へ事実上の合流を決断した。緊急世論調査は、もしかしたら政権交代もあり得るとし、都議選を圧勝した希望の党の勢いを報じた。安倍も一瞬、判断を誤ったかと悔いている。井戸は合流時点で候補者が決まっているのだと思ったというが、その選考は希望の若狭が主導し、都議選感覚そのままの素人の女性を当てはめていった。風は小池が吹かす、何もしなくていいという指示。民進窓口の玄葉は仲間から、公認はどうなったという矢のような督促に対応できず、電話に出なくなっていた。前原の詰めの甘さだ。排除論が潮目を変えたというが、小池が安倍の対立候補として山口4区で出馬すれば変わっていただろうという評が正しい。野党は「怯まない」という姿勢をこれでもか、と見せ続けないといけない。前原も然り。民進の組織とカネを持ったまま、小池に抱きついても支持は得られない。それを捨てた枝野が結果的に広い支持を得たのだ。

 小選挙区制になって政党のラベルが有権者から拒否されると、落選リスクが高くなる。国民民主の山井が離党届を出したが、17年の総選挙で7期当選とならず比例復活となった。選挙期間中、この裏切り者と罵声を浴び続けた。民主党政権を悪夢だ、と執拗に罵る安倍の根拠もこの辺にある。

 「選びたい人がいない」という前に、候補者誕生の過程を知る必要がある。政党政治の劣化の中での公認争い。必要資金はほぼ1500万円、街頭で叫び続け、演説会を梯子し、握手握手を続けなければならない。政治家をどう選び出すか。究極は人格的なリーダーシップに尽きる、と結ぶ。中途半端な論となったが、他日に続編を用意したい。

 いま注目は、やはり山本太郎の「れいわ新選組」である。台風の目となって、5人の当選または得票率2%を超えて政党要件を満たす存在になると確信している。蓮池透の拉致、原発廃棄のほとばしる国会質問が待たれる。

 追伸・お知らせ「山本太郎とおしゃべり会月8日(土)16時~富山県総合福祉会館サンシップとやま6F 601研修室

 

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