日本国債。いつまで続くぬかるみぞ

幸田真音。こうだまいん。コウダマイン。なんともいい語感だ。1951年滋賀県生まれの女流作家。堂々と生年まで記すところに自信がみえる。米国系投資銀行や証券会社で日本国債のトレーダーや、大手金融法人を担当する外国証券のセールスを経て、1995年「回避ザ・ヘッジ」で文壇デビュー。テレビ出演もしているとあるが、まだご尊顔にまみえていない。きっと知的な美人だろうが、見たいような、見たくないような変な気持ちだ。というのも甲田と幸田、同音姓のよしみで他人とは思えないからである。また、滋賀県といえば彦根藩。わが姓・甲田もここに由来する。彦根から長岡藩に転じて筆頭家老職についたともいうが真意のほどは定かではない。というより調べてもいない。わが家系の品性を考えると偽りに違いないと信じている。しかし、この真音さんの先祖と彦根藩で席を並べていたのでは、と想像してみるくらいは許してもらいたい。

というわけで、いまベストセラーの「日本国債」上下巻を。わが読書優先順位にあるものをすっ飛ばして読み上げた。

ところで、わが国債の発行残高をご存じだろうか。389兆円。もう限界であることは誰しも感じている。消費が伸びず、税収が伸びずでは、こうするより他にないというのが誰しもの結論。個人が消費をしないから、国が使わなければならないという。新幹線であれ、ダムであれ、不要不急なるものもやむを得ないとばかりに使っていただいている。

そしてこれだけ莫大な発行国債を買い続けている引き受けシンジケート団。つまり大手証券会社のトレーダー達の間に、こんな状態がいつまで続くのか、との大きな疑念が広がっているのは確実だろう。こんな低利で、しかも文句もいわずに買いつづける子ヒツジ集団でいいのか、と真面目な人間であれば特にそう考える。一方この国債を発行し、市場に投入していく大蔵省理財局国債課。現財務省だ。当然、完璧に残さずに売りさばくことが求められる。弱みを見せずに、ひたすらに虚勢を張りつづける国債課長。ギリギリの中でのやり取り、葛藤と緊張。小説家の彼女はここを取り上げた。問題意識は確かに鋭い。起こってはならない「未達」が起こる。つまり、値が付かない、買いがないのである。日本国債に対する市場の不信通告だ。市場はパニックとなる。そこに主人公・朝倉多希なる女流トレーダーが登場する。交通事故に見せかけた事件をきっかけに、淡い恋や、首相官邸秘書、首相夫人を巻き込んだインサイダー犯罪取引などが絡み合う。トレーダーの臨場感も自らの経験だから味わえる。経済小説としてはいいが、もうちょっとというところか。

ところで、供給に需要を合わせていくというトリックめいたケインズ理論を超える論理を探さなければならない。生活レベルの切り下げか、それとも行き着くところまで行ってしまうか。はたまた、国に無駄遣いされるなら自分で使うとするか。容易に考えが見つからないなら、後者の自分で使う方だろう。無駄遣いであれ何であれ、とにかく使うことだ。そして今年の国民栄誉賞は外務省のあの室長に贈るべきだろう。

環境も倫理も、不況の中では全く通用しないのが資本主義なのだろうか。

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