「法然と親鸞」

とにかく外に出よ!飛び込んだ先が現場である。その現場で、錆びかけている脳細胞を奮い起こすのだ。そう長くはない命なのだから、という天の声に導かれ、ウロウロ右往左往の毎日といっていい。
 4月9日午後2時、砺波市文化会館「法然と親鸞」と手帳に小さくメモしてあるが、優先するものではなかった。その日は、銀行の砺波支店とJAとなみ野での打ち合わせが小刻みに入っており、無理かなと思っていたが、折り好くふたつの用件が片付き、小用も催してきて、これもお導きと従った。前進座が法然上人800年大遠忌、親鸞聖人750回大遠忌・御遠忌を記念しての巡回公演で、真宗王国での集客力を当て込んだのもの。会場前には看板もなく、初めて売場に立つような素振りの男が机の上にチケットを置いて、所在無げに座っていた。当日券はあるかと聞くと、一般席は5,000円だが、前の方の指定席が1枚残っているという。6,500円だが、これも縁だと割り切る。客の入りは満席とはいかない。70歳ぐらいの女性を中心に7割というところ、寺ごとの割り当て動員と見て取れる。蓮如の何回忌かの公演では、満席であったことを思うと、お寺の衰退は想像以上に進んでいるのかもしれない。
 保元・平治の乱、平家の滅亡と戦乱が相次ぎ、飢饉から餓死するものが都中にあふれる中で、法然が「かなしきかな、かなしきかな、いかがせん、いかがせん」と涙しながら求め続けて、ただ念仏を唱えさえすれば、誰しも救われるとする考えに至った。現代はどうか。10年以上3万人が自殺に追い込まれ、多くの人間が将来に大きな不安を抱いている。派遣村は日比谷公園であり、厚生省の講堂をねぐらとした。なぜ、浄土宗大本山・増上寺でなかったのか、築地本願寺でなかったのか。この現代を宗教者としてどう捉えているのか、問われてしかるべき問題だと思う。真宗には、中興の祖として蓮如があり、明治期には清沢満之を得、北陸の地をその弟子・明烏敏(あけがらす・はや)が名説法をして駆け巡った。時代にあった活動があるはずである。このままでは、お寺の維持さえ困難になっていくのは目に見えている。お寺との付き合い方、墓の維持をどうするか、みんな困り抜き、悩んでいる。一度、若き僧たちに膝突き合わせて話してみたい。
 それでもやはり、思わぬ出会いはあった。「一枚起請文」(いちまいきしょうもん)。法然が臨終に際して、認めさせた遺戒である。浄土宗の教義はこの1枚に尽きる、とまでいい切っている。プログラムに歎異抄第2条と並んで、掲載されていた。「智者のふるまいをせずして、只一向に念仏すべし」、祖母が毎日仏壇に向かって、お経をあげていたが、それは「一枚起請文」だったのだ。今になって知るとは、浄土宗門徒として恥ずかしい限りである。でも、字の読めなかった祖母がひたすら一枚起請文をそらんじる声がふと耳によみがえって、温かい気持ちになった。
 法然を演じるのは中村梅之助だ。父中村翫右衛門が河原崎国太郎と一緒に創立した前進座を率いている。朝ドラ「つばさ」に出演している中村梅雀は息子である。親鸞は嵐圭史で、「子午線の祀り」で平知盛を好演して以来、注目しているひとりである。販売コーナーには、平家物語全巻の朗読CDが並んでいる。前進座の経営も楽ではないのだろうなと思いつつ、手に取っていた。
 さて、念願のナラティブホームが、4月8日「医療法人社団ナラティブホーム」として登記を済ませた。開業は来年4月1日。“いよいよ”であるが、“まだまだ”である。63歳にして、飛び込んだ先の現場だ。あんまり力みすぎてもよくないことは承知している。どなたでも参加できるNPO法人も視野に入れているので、ひょっとして、読者であるあなたに協力を願う時がくるかもしれない。ボランタリー経済の実践とも考えているので、その節はよろしくお願いしたい。他力本願ともいえるか。

© 2020 ゆずりは通信