ビュートゾルフ

自分らしく老い、病み、死んでいける幸せな社会。オランダで生まれた在宅ケアルネッサンスと呼ばれる組織「ビュートゾルフ」が注目を集めている。オランダでの利用者満足度が第1位で、利用者一人当りのコストが他の事業者の半分という。そんな幸せな高齢社会が彼の地で築かれようとしている。半可通のレポートだが、ざっとこんな感じである。
 医療介護をただ受ける人と与える人という、お仕着せな観念を打ち破るもので、自分という当事者が中心になっている。患者や利用者である自分が乗り込む在宅ケア飛行機の、いわばパイロットとなる。誰よりも自分の病気、体力、心理などを知っているのだから当然だ。その自分が中心となり、地域看護師がその意向を十分に聞き出してフライトプランをつくる。医師を含めた多職種チームが、パイロットは今後どうなるか、先を見越しながらサポートしていく。多職種チームといったが、この中にはインフォーマルと呼ぶ地域の人や家族も含まれる。住み慣れた自宅や地域で命をまっとうする幸せに勝るものはない。加えて、良質なケアに関わらず、ケアコストが格段に安いという利点もある。
 ビュートゾルフは1チーム12人までの看護介護士で構成され、上下関係がないフラットな組織だ。一人ひとりがリーダーとして裁量権を持ち、その分責任を負っている。責任の所在が明らかな完結型だからこそ、双方の満足感にもつながるといっていい。
 現在オランダでは人口1670万人に対して、ビュートゾルフ500チームが活き活きと活動している。5500人が働き、ターミナル、癌、慢性疾患、認知症などの約2万人が利用している。特筆されるのはその管理部門がわずか35人で、間接コストが8%だ。ITがフルに生かされている。利益率もほぼ8%だ。理想だけではなく、持続できる事業であることが何よりも肝要である。
 06年に地域看護師のヨス・デ・ブロックが起こした。巨大組織となって、息が詰まりそうな形式だけを尊重する官僚組織から、自律型の責任が取れる小さなチームヘ。ひとりの勇気ある挑戦が国の政策を堂々と変えつつあるというのだから凄い。
 これらは、ビュートゾルフの伝道師を任じる堀田聡子・労働政策研究研修機構研究員の講演要旨である。彼女は福祉の専門家というより、人事管理から福祉を研究している。うれしい発見もあった。講演の中で、ナレッジ・マネジメントという単語が数回出てきたのである。公演終了後に話す機会があり、野中郁次郎の名前を出すと、どうしてご存じですかとなった。もう、寿司喰いねえ、神田の生まれよとなり、にわかに打ち解けてしまった。
念の為に付け加えておく。知識経営を標榜する、あの暗黙知の野中郁次郎・富士通総研理事長は、富士電機時代に滑川市にある北陸電機製造に勤務した経験がある。北陸先端科学技術大学院大学教授時代に富山版ビジネススクールを開くことで言い尽くせぬ協力をいただいた。
 さて、このビュートゾルフが日本に根付くかどうかだ。オランダの精神風土に咲いた上下関係のないフラットな組織が受け入れられるのか、にかかっているが、夕張市民病院を蘇らせた村上智彦医師が頑張っているようだ。
 「多種多様な人材が集まらないと、高度なケアは望めません。何気ないケアを形式知に落として普及していく。その通訳というか、媒介する存在が必要なのだと痛感しています」と堀田さん。老人にも出番があるということらしい。あたわりに殉じるように、絶対他力の大道を進めという暗示でもあるらしい。あとしばらく生きてみるか。

© 2024 ゆずりは通信