改革は地方から

どんな大きな災害であろうと個人の住宅再建に税金はつかわない。これが日本国家の揺るがない方針である。「阪神・淡路大震災」の復興支援策で道路や橋は完全に復興したが、住宅資金の工面できない人は仮設住宅に永らく住むしかなかった。小田実がこれは絶対に間違っていると大憤慨し、その非を訴え続けた。しかしくつがえることはなかった。おそらく今後起こりうる大震災でも、その轍を踏むことになるだろう。

そうだ小田実といっても知らない人がいるかもしれない。念のため紹介しておこう。1932年生まれの71歳。58年フルブライト奨学金でアメリカ留学。その間にアメリカを中心に歩き回り、紀行「何でもみてやろう」はベストセラーになっている。そしてこの業績が最も大きい。アメリカのベトナム戦争をやめさせるべく、べ平連(ベトナムに平和を!市民連合)を組織したこと。市民レベルの反戦組織のモデルを創り出したのである。何万人の老若男女が、子どもの手を引いたりして、安心してデモに参加し、その意思表示ができた。その上にイデオロギーの対立から、時に近親憎悪に陥る革新勢力の緩衝剤となり、大きな運動へと広がる原動力となった。また精力的な作家活動も行う人なのである。

その小田実がおかしいといって非を鳴らしたこの問題を、ひとりの知事がくつがえした。鳥取県知事・片山善博。意外と知られていないのではないか。昨年末、毎日新聞の小田実コラム「西雷東騒」で快挙と快哉を発した。その時以来、一度片山知事の話を聞きたいと思っていた。それが1月25~26日開催の自由の森市民大学特別講座「大転換時代、自治への挑戦」の講師になるという。これはわが森の夢市民大学にとっても大きな展望を切り開くきっかけになるかもしれないと有志16人とともに早速と出かけた。会場は東京・早稲田大学キャンパス。ざっと500人。眠っておれない刺激的な講座であった。

「分権から自立へ」。これが片山知事の講演テーマ。51年生まれだから52歳。東京大学法学部卒の官僚出身。岡山県出身ながら自治省から鳥取県に通算7年出向したのが縁だ。高校時代の同級生の奥さん。そして、子どもが6人。子育て真っ最中での知事選出馬は正直迷ったという。しかし出るからには、自分の良心と信条を曲げないようにと。政治感覚は自治大臣秘書官として仕えた故梶山静六自治大臣に負うところが大きい。「常に志は高く、仕事は活発に、されど私生活は質素に」が信条。

鳥取大地震で現場に駆けつけた。みんなが倒壊した自分の家屋の前で為す術もない放心状態。お年寄りがほとんどだ。国の復興対策は一面では手厚い。道路、橋梁などあっという間だ。しかし、そこに人が住まないかもしれない。この際だから都会に住む子どもたちのところへと考える人も多かった。現場で考える、現場で判断する。そして止むを得ないと判断。住宅再建支援策を国の反対を押し切って、全壊300万、半壊150万円を決めた。国からどんなしっぺ返しがあるかもしれないと脳裏をかすめた。しかし今のところ何にもない。意外とあっけないものであった、そんな素振りである。

彼の民主主義への思いは熱い。徹底した情報公開、その透明性のもとでの議論の積み重ね、そして合意形成作りだ。県議会とも根回し、談合、八百長、シナリオが決まっている学芸会はご免というスタイル。ものごとの細部をあらかじめ決めないで、大まかな問題提起がスタート。いい意見はどんどん取り入れていく。もちろん議会で否決ということもあり得る。権威や、メンツにこだわらない。知事交際費もすべて公開し、秘書課も無くして、公用車はハイブリット車。運転するのは出かけ先に関連した部署の職員一人。
ぜひ紹介しておきたいのが「雇用のためのニューディール政策」。職員の給与を7%カットした金額は40億円。それでもって、30人学級にするための職員採用、養護学級のセラピスト採用など小さくても自主的自立的な政策の展開に充てている。

彼は町内会の副会長も勤めている。住民と同じ目線を大事にしている。そんな時代なのである。

永田町や霞ヶ関は自信喪失状態だ。それは現場を知らない、持たない悲劇。彼らを訪ねるのは利権や既得権を手放したくない連中ばかりだ。そんな連中に取り巻かれて、真実は見えてこないし、本質に迫れない。政治改革は選挙制度改革であったし、行財政改革は省庁再編のつじつまあわせ、構造改革はグローバルな市場主義にゆだねるだけ。問題を矮小化してごまかすだけであった。片山知事を見ていると、1期でこれほどの改革である。多選知事は不要だ。県民も目覚めなければならない。構造改革は地方からである、それも辺境の地から。

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