「エルミタージュの緞帳」

9月14日高速で帰路を急いでいると、「NHKの小林です。ご無沙汰しています」。あの澄んだ、歯切れのよい高い声が携帯電話に響いた。娘が富山の黒部に嫁いだ、との弾んだ話題だ。黒部市国際文化センター・コラーレの前に獣医院「犬猫病院さくら」を新婚夫婦二人で開業、この地域では獣医がまだ珍しく盛況なので胸をなでおろしている。黒部は第二の故郷だ、と思っているから、何でも申し付けてほしい。本当にうれしそうに一気に、一方的に。親馬鹿を絵に描いたような話だが、こちらも急にハンドルさばきが軽くなった。

ご存じ、NHKモスクワ特派員として、ソ連崩壊の時に毎日のようにブラウン管に登場した小林和男さんである。現在はNHK解説委員。2年前に講演をお願いしたのが縁。同じB型人間、お互いテンションが高く、馬があったのであろう。それからは、自らがプロデュースしたからと特集番組の放映案内などが届く。この娘さんは72年のウィーン生まれ。プラハへの緊急取材がはいり、父親不在での出産。その後ろめたさもあっての可愛がりようと推察している。そういえば日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した標記の「エルミタージュの緞帳」があったと取り出して、あらためて目を通してみた。

62年東京外語のロシア語学科を卒業、NHKへ。モスクワ赴任は都合3度。2度目の油が乗りきった時期と、ゴルバチョフ登場とがピタリ一致する。1985年のこと。このエッセイは面白い。70年に及んだ共産主義国家の愚かしさが随所に出てくる。

わがロシア観と重ねあわせてみる。ロシアとの最初の出会いは、やはりトルストイ。「復活」で今でも記憶にあるのが、男のエゴイスティックな結婚観。気位の高い女を選ぶな、いつも優越感に浸れる自分より育ちの悪い女を選べ、の一節。そしてドストエフスキーの「罪と罰」。選ばれた人間は金貸し老婆を殺してもいいという論理。チャイコフスキーの叙情も、わが琴線にぴったりする。しかし、ロシア革命を経ての政治の暗黒を知るに及んで、この大国のイメージは一変した。スターリンの血の粛清はどれほどの無辜の小さな国家、民族、個人をめてきたのか。フルシチョフ、そして愚鈍で権力だけを妄執したブレジネフ。その間にはびこった官僚主義。「誰も責任を取らない社会」「誰も信用しない社会」つまり共産主義は、悪しき官僚主義の究極といっていい。さりとて資本主義がいいわけではない。

ゴルバチョフの登場はそうした負の遺産を一挙に吹き払ってくれるかに見えた。ソルジェニーツイン、サハロフの反体制活動がようやくにして日の目をみるのかと思った。しかし1991年のクーデターはゴルバチョフの限界を見せつけ、エリツイン、プーチンと元の木阿弥型人種を輩出してしまった。改革の人材不足である。あと何年、何十年を待たなければなるまい。

さて、小林さんには、洗足短大閉学後の市民大学塾のボランティア講師をお願いするつもりである。

© 2020 ゆずりは通信