「荒凡夫」

人間の命とは本能という触覚を出している。93歳の俳人、金子兜太の感覚であり、洞察である。その本能は2つの側面を持つ。本能の触手は欲望にとらわれる。五欲兼備、煩悩具足という状態で、愚かしさの限りを尽くす。もうひとつは、人間は非常にナィーブな感性を持っている。人間の心には“原郷”という大もとのふるさとがあって、本能にはその“原郷”を指向する動きがある。欲望を制御するものと解釈しよう。
 このふたつを絶妙に生きたモデルを小林一茶にみる。「荒凡夫」(あらぼんぷ)はそのキーワードで、一茶が60歳にしてようやく悟る。自分は俗物であり、愚である。欲の塊である自分は、今まで60年間、煩悩のままに、愚のうえに愚を重ねて生きてきた。これからも愚を重ねて生きていくしかない、そういう「荒凡夫」でありたい。如来さま、清く美しくはとても無理だから、自分の本能のままにもうしばらく生かしてくださいと拝み倒して、65歳で逝った。一茶の「荒」は、粗野、荒っぽいではなく、自由ということ。平凡で自由な男が荒凡夫だ。金子兜太は芭蕉、蕪村には目を向けず、一茶を追うことで、自分を重ね合わせている。これにスケールの大きさが加わり、俳諧の妙が冴えてくる。
 生業(なりわい)に目を向けたい。一茶は「業俳」と称して、俳句で生計を立てている、いわば俳諧セールスマン。俳句や発句の作り方、歌仙の巻き方を指導し、お鳥目(ちょうもく・銭のこと)をもらって泊めてもらう。そういう旅をしながら暮らしを立てている。「遊俳」とは稼業を別に持って、俳句はあくまでも心遊ばせる趣味。「雑俳」は懸賞俳句で食っている人をいう。
 一方、金子兜太は日銀マンである。トラック島で終戦を迎え、米軍捕虜となり、最終引き揚げ船で何とか帰国した。日銀に復職するのだが、戦争をくぐり抜けてきた自分に何ができるのか、と問う日々が続く。労働組合の専従になったのも、わだかまるものを何とかしたいとの思いからと想像している。遊俳の後ろめたさでもある。“原郷”である熊谷に居を移し、日銀を退職し、ようやくに一茶に伍する境地になったのではなかろうか。
 生活を成り立たせる“なりわい”だが、荒凡夫がどう生活を成り立たせているのか。ここが勘どころである。荒凡夫は清貧であらねばならない。そして清貧こそ風雅にも通じるというもの。「春立や菰もかぶらず五十年」。一茶の句だが、菰(こも)とは乞食をさしており、清貧を日常の中にやわらかく抱えているように見える。一方、芭蕉は「奥の細道」の旅を終え、「なし得たり、風情終(つい)に菰をかぶらんとは」と、ようやく無一文になれた境地を謳っている。金子兜太はこの違いを察知していて、自分は一茶が好きだといっている。同じ風雅を目指すが、自然人と求道者という違いである。
 人間は流れている、というのも兜太の感覚で、これは無常とか、定め無きとかの詠嘆ではない。48歳で郷里・秩父に住んでみて掴んだもので、産土(うぶすな)に触れる定住感覚と漂白する生命感覚が、流れているがどっこい流されないものを持っているということ。兜太の実存認識でもある。そして同じような眼で、流動する人間を見ていると共感する3人を挙げている。井上ひさし、小沢昭一、山田洋次だ。なんともうれしい。
 さて、この兜太に拙句が選ばれたことがある。「お水取り亡妻も火の粉をかぶったに」。句友から、先を越されて悔しいといわれたが、月並み俳句の枠を超えるものではないと返した。70歳に近づくが、かぶった菰に東大寺二月堂お水取りの火の粉がこぼれ落ち、焼死する逝き方もある。如月の寒夜、菰かぶる老人死す。「荒凡夫と呼ばれてみたし入道雲」(拙句)と記された紙片がポケットに、というところ。
 「荒凡夫 一茶」金子兜太著(白水社)

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