差別を許さない街

もうドイツには住めなくなるかもしれない。そんな妹からの電話に、難民問題で揺れ動くEUでは、反イスラムを掲げた差別、排斥運動が想像以上に社会をむしばんでいることを思い知らされた。在日で横浜・桜本地区に住む李徹(イ・チョル)は、同地区への執拗なヘイトデモに現場で対抗するカウンターとして戦っている。風貌からして67歳の筋金入りだが、その彼が4月23日富山・サンフォルテで「ヘイトスピーチとの闘い」と題して講演したのだが、衝撃を受けた。
 続けてこう話したのである。「現在桜本にやってくるヘイトデモは60人程度だから、僕らカウンターが500人もいれば押し返せる。ところがドイツの民族差別を掲げるペギーダによるデモは3万人から時に5万人にも達する。これではどうすることもできない。韓国籍の妹がいつわが身に襲ってくるかと恐怖感にかられるのは当然のことです。日本のヘイトデモがこれほど膨張するとは思わないが、とても危険な状況です」。
 そして、不吉な想像はひろがった。高市総務大臣は国会で2度にわたって、政治的公平性を欠く場合は電波停止を命じる可能性に言及したが、これを受けたように読売新聞、産経新聞にこれも2度にわたって、「私達は違法な報道を見逃しません」という意見広告を掲載した。参院選にも勝利した安倍政権はいよいよ改憲を視野に入れ、論議が過熱する中で、民放を取り囲むように数万人のデモ隊は、偏向報道は許さないぞ、高市さんもう電波を止めさせろ、と声を挙げる。加えて、改憲に批判的な朝日、毎日、東京3紙の不買運動が巻き起こる。悪夢であるが、全く否定しさることはできない。監視し、監視される社会がやってきてもおかしくない状況となっている。妙に政権とヘイトが呼応しているようにも見えるからだ。
 在日が多く住む桜本は、川崎の臨海部にある。京浜工業地帯での労働力として朝鮮人をのみ込んできた。その桜本にヘイトデモで押し入ろうとしたことから始まった。子供たちがどれほど傷つくか、住民たちはよく知っている。「桜本を通すなだと。桜本は日本なんだ。日本人がデモやっても問題ねえんだ」とヘイトデモ主催者は朝鮮人の分際でとばかりにいきり立った。「川崎の日本国民の皆さんはご存知でしょうか。強制連行はうそで、実は出稼ぎ目的の不法密航でした。従軍慰安婦の実態は、朝鮮人女衒が集めた追軍売春婦でした」「このようなうそを世界中に垂れ流し、声高に日本をおとしめる勢力になぜ、特権を与え、公金、つまり私たちの血税をバラまかなければならないのでしょうか。なぜアジアの解放のために戦い、白人の横暴と戦ったわれわれの先祖を貶め、同じアジア人として何もしなかった半島人が、日本に被害者面で居座り、金と特権をむさぼり、ゆすり、たかりをくりかえすことができるのでしょうか」。こんな被害加害が倒錯したアジが繰り返された。これに対して敢然と立ちあがったのが李徹たちである。指紋押捺拒否運動で培ってきた覚悟が違う。そして余裕もある。「私たちの街にはヘイトデモをする人たちとともに生きる準備がある。もちろん、あんなひどい差別をやめるのが前提だけど」。カウンターの大量動員でせき止めた。桜本の日常を丁寧に積み重ね、その豊かさ、温かさを守り、広げていく。着実で冷静な対応に心から連帯をしていきたいものだ。
 はてさて、お知らせである。5月7日午後1時30分から富山国際会議場で「道用えつ子励ます大集会」を開催します。「今こそ、小さな勇気」がキャッチフレーズ。ヘイトデモの流れを断ち切るためにも、ぜひ参加ください。
 参照/世界別冊881号

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