東京雑感

北陸新幹線開業もあって富山空港の閑散さが何ともわびしい。6月26日の東京便を利用したのだが、確かここにあったと思う企業パネルが消えている。そういえばという記憶がよみがえってきた。84年ジェット化に備えて空港の大改修があり、全日空が富山地方鉄道と総代理店契約を結んで、市内業務(営業活動)と空港業務(ハンドリング業務)を委託することになった。モータリゼーションの進展が公共交通の急速な衰退を招き、展望の見えない地鉄にとっては願ってもない僥倖であったはずだ。そして、交通広告を主としてきた富山地鉄サービスにとっては、総合広告代理店へと飛躍する好機ともなった。空港ビルの広告パネルを独占的に営業する権利を得たのである。いままで手が届かなかった県内有力企業がこぞって最も目立つところを希望したので、頭を下げるだけの営業スタイルから解放され、長期契約は安定的な営業基盤となった。あれから30余年が過ぎたのかと思うと感慨深い。しかし減便で代理店契約更改があり、半減するとも聞く。リストラ含めて多難が待っている。どう乗り切るのだろうか。羽田に着いて思うことだが、富山発着便はいつも最も遠いゲートで500メートルは歩かされる。ドル箱でもないので、こんな苦情を受け入れることはないだろうと思って歩いた。
 昼飯は新橋周辺と思い定めて京急線を使った。新橋駅前ビルを通り抜けようとすると、サラリーマンが10人程度並んでいる。さかな亭という小さな店で、刺身定食大盛900円と大書してある。マテ貝がうまいとも。並ぶこと10分。10席の空いたところに座る。夫婦二人のコンビで実に手際がいい。定食にマテ貝を追加といったが、夜だけと断られた。味噌汁、おしんこにお茶も出て、納得の昼食となった。腹ごなしにビルをちょっと回ってみる。2階に上ると、食事処に並んでボクシングジムがあった。真新しいガラス張りでコーチを相手に打ち込んでいる。橋げたのオンボロジム「あしたのジョー」は遠い昔か、これも東京ならではのニーズに間違いない。レトロな駅前ビルはしぶとく生きているという感じだ。電通通りの「ウエスト」でコーヒーでもと歩き出すと、オープンしたばかりの「銀座シックス」を思い出した。
 松坂屋の跡地で、谷口吉生が設計したというぐらいの知識である。伊勢丹三越の大西社長解任は元の百貨店回帰では解決にならないという判断で、不動産収入に重きを置くJ.フロントリテイリングが優位に立ったとする。銀座シックスはその象徴的な試みだとする論調だが、どんなものかという興味である。ひっきりなしに入っていくのは年配の女性陣だが、物見高さが消費を支えるのだから文句のいえる筋合いではない。地下の飲食街だがイートインのスペースが確保されているところが多い。男ひとりでコーヒーという雰囲気ではない。地下3階にできた観世能楽堂でも見て帰ろうと思ったが、きょうは演し物もなく公開もしていない。案内係という腕章をした男性社員がやたらに目立った。
 しばらく銀座通りを歩くと、ミキモトが新ビルになっていた。この地下が何かあれば行くフランス料理の「レカン」。例えば息子の婚約者に初めて会う時とかだが、数年前のランチ5500円は値打ちがあった。看板をのぞいてみると何と8000円、やむを得ないかと通り過ぎて、教文堂書店に入った。6階にナルニア国と称する児童書コーナーがある。孫娘へのお土産を物色するためだが、何とか手に入れることができた。
 今回の上京目的は大学の同期クラス会。年齢も考えて午後4時開会である。一番遠くからの参加は小樽の斉田君だ。自衛隊に納入する繊維業を営んでいて、北陸銀行をメインバンクにしているので富山事情にも通じている。似たような近況を話し合うあっさりしたものだがそれもいい。2次会は予定になかったが、出世頭をたきつけて銀座のクラブをごちそうさせた。卑しい飲み方でついつい飲み過ぎてしまった。

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