イスラエル国家法

 イスラエルは国連でのパレスチナ分割決議を受けて成立した国である。第2次大戦が終わった1947年のことで、その地パレスチナには当然アラブの多くの人々が生活を営んでいた。決議案は人口で30%、所有地6%のユダヤ系に、57%の所有地を与える内容であったから、アラブ側は当然拒否し、すぐに中東戦争が勃発し、紛争は今に続く。紀元前6世紀にユダ王国が滅んで、漂流の民となったユダヤ民族は異教徒、異民族などと呼ばれ、様々な迫害の対象となっていた。そんな厳しい状況の中で、いつかはユダヤ教の聖地であるエルサレムに国家を建設しようというシオニズム運動が浸透していった。それが第1次大戦後にイギリスが出したバルフォア宣言で正夢となり、第2次大戦でナチスドイツの600万人ともいわれるユダヤ人大量虐殺に驚愕した米ソの大国は、国連決議に動かざるを得なくなっていったのである。
 1917年のバルフォア宣言に続くイギリスの委任統治下で、ユダヤ人によって土地が買い占められ、当初6万人程度であったユダヤ人が大量に移住し、建国の時には70万人に達している。そして第1次から第4次と続く中東戦争で、イスラエルは全パレスチナを占領して、今に続くのである。圧倒的な武力優勢を誇るイスラエルの専横は目に余るばかりで、パレスチナの惨状は絶望的状況となっている。

 そして、その総仕上げともいうべき「ユダヤ人国家法」が7月19日、イスラエル国会で可決された。イスラエルはユダヤ人の歴史的郷土であり、ユダヤ人の国民国家である。統一エルサレムを首都と定め、公用語はヘブライ語のみとし、同じく公用語であったアラビア語を格下げ、ユダヤ人入植地はその建設と強化を推進すると宣言。トランプ政権はこれを追認するように、大使館移転、ワシントンにあるパレスチナ代表部の閉鎖、パレスチナ自治政府に向けた2億ドルの経済支援の撤回などイスラエルに歩調を合わせている。米国に張り巡らされたユダヤ組織のロビー活動は、国際世論を捻じ曲げるだけの影響力を持っているのであろう。

 さて、初めて「シオニズム」を知ったのは大学の授業であった。アウシュビッツ強制収容所を描いたフランクルの「夜と霧」に衝撃を受け、イスラエルに興味を持ったこともあり、熱心に聞き入った。同時に「キブツ」にも関心を持っていた。新たな国家建設の夢を実現させようと、生産的自力労働、集団責任、身分の平等、機会均等という4大原則に基づく集団生活で、社会主義とシオニズムが結合し、労働シオニズムともいうべき共同体運動である。学生には理想郷に映ったのであろう。これを夢想だけに終わらせず、キブツボランティアに駆け参じた女性がいた。村田靖子さん。同じ45年生まれで東京女子大学哲学科に学び、卒業と同時にイスラエルに飛んでいる。ヘブライ語に通じて、翻訳も多い大学教授だが、今度は小説仕立てで「エルサレムの悲哀」を木犀社から上梓した。毎日新聞の書評で見かけたのだが、ユダヤ人国家法に強い懸念を抱いている。
 ナチスドイツにこれでもかと抹殺されそうになった悲劇の民族が、唯一残された希望の地で建国した国家が、抑圧、圧殺する側に回るという倒錯した論理にどうしていたるのか。

 そして、ひがみともいえるのだが、イスラエル経済は建国から70年で50倍近い経済成長を達成している。成功要因といわれるのが、ロシアからの優秀な人材の流入で、「移民はゼロから始めることに抵抗感がない。移民はその定義からして、リスクを恐れない人たちだ。どの移民国家も起業国家だ」。というわけで、莫大な富がイスラエル社会に流入している。
 イスラエルの青年で兵役拒否などの動きもあるという。そういう起業家の知性に期待したiい。

 参照/「14歳からのパレスチナ問題」(合同出版)、「イスラエル」(ミルトス)、「世界」10月号。

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