60歳で、政治に打って出よう論

ひとりの若者を前に悪戦苦闘している。日曜日の朝、彼はわが家にやってきた。三男と小学、中学が同じの18歳。高校を中退し、ぶらぶらしている。繊細な子で、きょうも眠れなかったという。息子の寝室に行くが当然息子は起きない。いつもは毛嫌いされて寄り付かないのに、二人きりで食卓に向き合う。飯を一緒に食うか誘ってみた。ゆで卵2個をマヨネーズたっぷりかけて頬張ってくれた。食欲不振と偏食で体重は50キロを切るほど。小学校の時に母親を亡くしている。それがどれほどの影響を与えているのかわからない。最近運転免許を取得し、祖母に借りたという中古の車を乗り回している。普通道路で120キロを出し、恐かったと話す。そして、俺はそんなに生きられないな、とポツリ。勉強することに何の意味があるのか、働くことに何の意味があるのか、そして生きることに。話は核心を突いてくる。

さて当方、もう身構えてしまって、額に汗である。内心説教じみたことはいけない、落ち着けといい聞かせる。そうだ取り敢えず、マザーテレサだ。このあたりが私の浅はかさ。彼女の人生は何であったか。もうそろそろ他人のために何が出来るか考えてもいいのでは。車は凶器だ、人を跳ねて傷つけた時の罪悪感を想像してみろ。大切な人間を失った哀しみはどれほどのものか、十分わかるだろう。あ、これでは説教口調だ、方向を変えろ。というわけで、そもそも人間ていうのは何だと思う。お前はXY染色体から出来ているに過ぎない。人間の喜怒哀楽の精神活動も、絶対的なものと考えてはいけないぞ。ある種の物質的な作用が働き、脳細胞に信号を送ってそうした精神活動を起こさせているのではないか。そういう具合に自分を客観化してみたらどうか。自分ともう一人の自分を対話させる方法を身につけると、生きるのが楽になるかもしれないぞ。そうだこの詩集をお前にやると、「ポケット詩集」(童話屋)を手渡す。

ひとりの悩める青年に向き合って、何と無力なことか。本当に情けない。若者が成長する際に、両親以外の「第三の大人」が不可欠という。その大人とは、その若者に自分の未熟さを悟らせる人物だという。どうも60歳を目前にしながら、その大人になってはいないようだ。

そしてきょうの本題。わが人生で、政治家という選択肢はあったであろうか。全く無かったとはいわないが、加藤紘一の体たらくを見ると、この平凡さが実に身の丈にあっているとしみじみと思えてくる。体質は宗男よりも、加藤によく似ている。説得力の無さはもちろんだが、聴く力が全く駄目。わが資質で最も欠けているのはこの聴く力である。どう言いくるめようか、どう圧倒してやろうかと身構えているばかり。政治家には情熱、責任感、判断力というが、聴く力こそ最も必要だ。

それでは、日本の政治をこのまま見過ごしていいのかと詰め寄られ、この食い逃げ世代と罵られるといい返したくなる。

定年後60歳にして、政治に打って出よう論。もう恐いものはないではないか、失うものはないではないか。そうであれば言行一致、政治改革の捨て石になってこそ「男子の本懐」「女の心意気」だぞ。同世代諸君いかが、いかが。シニア政治改革期成同盟なる政治団体を早速にも旗揚げしよう。年金の一部を積み立て、供託金にあてようではないか。

さて、わが出馬の条件。ひとつは冠婚葬祭への出席は一切御免蒙る。もちろん「わが葬儀無用・わが戒名不要」は愚息どもに伝えてある。続いて夜の宴会は絶対に出ない。これはわが乱酔乱言を盾に取られると、すぐに証人喚問、偽証罪は必定であるからだ。その次、下半身は問わない。60過ぎての女性スキャンダルは追及しませんとの一札をもらいたい。更に政治献金は不要、議員報酬も年金支給まででその後は不要。それからそれから、陳情面会は9時―5時で週休2日は守ってもらって、海外旅行休暇もあったらいいな。議員会館にプールとサウナを完備してほしい。政治信条も公約も何も持ち合わせていないのだから、何を話していいか。できればハーバード大出のバイリンガルの美人政策担当秘書もお願いしたいな。馬鹿野郎!いい加減にしろ、誰がお前なんか推薦するか、特養ホームに引っ込んでいろ。その通り。

さて加藤紘一だ。1939年山形県鶴岡市生まれ。秀才の誉れ高く、地元中学2年にして麹町中学に転入。これが父親の判断ミス。このあたりがひ弱さを作ったようだ。政治家を目指すなら地元の幼なじみ人脈は不可欠。中学高校は玉石混交で「男の基礎」をきっちり作らねばならない。それがないから、加藤という人間は面白くない。あのキョロキョロ眼は信じられない。一面では、鈴木宗男よりも罪は重いかもしれない。

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