「傷だらけの店長」

学生時代に東京・北池袋の小さな書店でアルバイトをしたこともあって、本屋の店員もいいなと思った時もある。雑誌を自転車の荷台に積み込んで届けるのだが、この本を読むのはどんな人だろう、と想像するのが楽しかった。そんな本屋が消滅寸前となり、いま中堅の書店が危なくなり、多店舗を展開する大型書店がリストラを急いでいる。
 「傷だらけの店長」(PARCO出版 定価1,300円)は、都内の書店を任された若き店長・伊達雅彦が閉店に追い込まれ、職場を去るまでを綴っている。本好きが高じて、大学在学中より書店のアルバイトをやり、そのままそこの社員になった男である。現在45歳。いまは書店関連以外で働いているはずだが、その無念、残る未練をきれいに断ち切ったのだろうか。
 本屋の店員といっても、ただ店に立っているだけではない。仕事の大半が書棚の入れ替えである。1年間に7~8万点もの書籍が発売される。これに月刊、週刊の雑誌が加わる。書店のバックヤードには、本を満載したダンボールが所狭しと並び、入荷、返品が毎日交錯する。陳列を工夫するように売り上げのデータが朝夕に届く。ベストセラーの欠品もしてはならない。加えて、本部から売り上げを落とすな、という厳しい指示。しかしそれはそれ、そんなお仕着せを嫌って、店員達は独自の判断で、書籍を並べることもできる。そこが本屋の店員の腕の見せ所であり、醍醐味でもある。伊達店長はアルバイトにも、それぞれ自分のコーナーを持たせて、やる気を引き出している。こんな本もあるのか、と店員の目利きに驚く時、それでは買わずばなるまいという顧客心理は確かに存在する。本屋大賞は本屋の店員がこれは売りたいという本を10冊ノミネートし、それから投票で選ばれる。芥川賞や直木賞よりも、こちらの方が質がいいという評もある。
 そして、一番嫌な仕事は万引きをどうするかである。万引きで潰れた本屋もあるので、この対策は店を左右する。伊達は、やらせて、捕まえる主義で、自らの危険も顧みない正義感でもある。未然に防ごうなんて甘いことはいってられない。二度とできないように、執拗に追いかけ、時に殴り合いも辞さない。
 多忙な中にも充実した日常を送っていた矢先、目と鼻の先にライバルが大型店を開店したことからこの店の危機が訪れる。小さな努力ではいかんともし難い。本部が閉店を決定するのにそう時間はかからなかった。これほど本好きがいるのか、と思うほど店に情熱を注ぎ続けてきた。最後の夜は泊り込み、床に頬をあてて「ありがとな」とつぶやくシーンはやり切れない。ひとりではいかんともし難い現実でもある。
 さて、富山県内の書店事情も同様に、いまは断末魔のように見える。70年代までは、清明堂、瀬川書店、中田書店は富山市の御三家といい、これに高岡の文苑堂が加わって四天王が並び立っていた。80年代にはいって、取次ぎであるトーハン、日販のつばぜり合いで、その代理戦争ともいえる多店舗競争が繰り広げられた。そこに朝日町の片隅にあった明文堂が、角川書店の地名辞典売り上げで全国指折りの成果を見せるや、その営業力を評価した取次ぎの後押しもあり、渦中に割って入り、戦国時代の様相となっていった。中田、文苑堂は渡り合えたが、他の2店は乗り遅れた。瀬川書店は他の事情もあったが閉店に追い込まれ、紀伊國屋出店の影響をモロに受けた清明堂は2~3階の売場をあきらめ、1階のみに集約した。清明堂で頼りにしていた伊達店長に劣らない若者は、どこに転職したのだろうか。
 大型店舗をのぞいてみると、店員の少なさに驚く。生き残りをかけた最後のリストラが行なわれているのだ。取次ぎが手を引けば、店の維持はおぼつかない状況となっている。本好き難民の行く末が案じられてならない。

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