大学教授

医療経済学なる研究分野がある。一言でいえば、「いのち」と「効率」の両立を考える。この分野で面白い男ですよ、と教えてもらったのが日本福祉大学教授の二木立だ。「にき・りゅう」と呼ぶ。59歳。読売新聞9月13日付朝刊「医療改革」で投稿している。
 アメリカで主流の新古典派、つまり市場主義優先、効率万能は、日本の医療にとって無力と断定する。その通り。無保険者であれば救急車で運び込まれても、診療拒否して追い返す国なのだ。医療費の抑制策を見直せと主張している。国民皆保険制度を維持しつつ、財源として所得税の累進性強化、たばこ税の引き上げ、消費税及び社会保険料の引き上げを適切に組み合わせるべきだという。これもその通り。消費税アップはしないといいながら、見せ掛けの改革で庶民だけを追い込んでいる。
この男、信頼できるタイプだ。というのも、生活、研究ぶりが見えてきたのだ。富山県立図書館の新刊図書コーナーにあった彼の著書「医療経済・政策学の視点と研究方法」(勁草書房刊)。ちょっと覗いてみたが、紹介するに値する。
 東京医科歯科大学医学部の卒業。ほとんどが大学病院に残るのに、地域病院である代々木病院に13年間勤務している。理由は学生運動である。在学中は社会科学書、哲学書を読みふけっていた。そんなこともあり、脳卒中リハビリの診療と研究に並行して、医療問題にも首を突っ込んでいた。といっても半端ではない。医事評論家の川上武の影響もあり医学史、医療経済学に打ち込んでいる。医療改革は、技術論的分析と社会科学的分析に裏打ちされなければならない、とする信念だ。恩師から、医療問題の研究に専念すべきとの助言を受け、本格的な「臨床医脱出5カ年計画」を立てる。会計学、財政学などを大学院の聴講生として学び、一方で教員採用時に有利であるからと、医学博士号取得に向けて、博士論文に挑戦する。功利主義的なところは関西系出身かもしれない。民間中規模の勤務医から、講師、助教授を飛び越えて、すぐに日本福祉大学で教授に迎えられた。東大の博士号が効いたのだ。計画から7年が経過していた。
 さて、教授に就任してから、自分に課しているノルマである。?社会科学の独習研究1日2時間以上?英語の勉強1時間以上?休日や校務のない平日は、1日8時間以上の独習研究。ほぼ22年間続けている。とりわけ英語である。研究者に必要なのは英会話ではなく読解力。そのために、論文の速読をすすめる。最初の要旨と最後の結論部分から読む。それでつまらなかったら、止める。面白かったら、本文の前に図表を見て、どのような結論が得られるか自分の頭(論理)で考える。医学論文には図表がオリジナルなのだ。そして、英語の「縦に読む」テクニックを習得するという。叙述パターンが決まっているので、英語論文で繰り返す。更に、その抄訳を作成し、その都度発表していく。他の研究者、学生への刺激であり、他流試合ともいえる。国際学会での英語の研究論文発表、独自の英単語帳と続く。その英単語帳も30冊というから、継続は力である。
 今回は大学教授がテーマ。何年前になるだろうか、味の素から信州大学の教授に転じたことが話題になった。その人は、将来味の素の社長に目されるようなエリートで、それを振り切っての転身だった。大学教授にそれほど魅力があるのか、と誰もが思った。今はどうか。夏に聞いたのだが、地方大学における教授ポストを巡るもの。研究業績がほとんどなく、提出した論文も盗作に近いものだったので、見送ろうという意見もあったが、お互い様だからね、ということで決まった。まるで互助会の有様であり、助教授のままでは世間体が許さないのだという。作家・車谷長吉も手厳しい。大学で文学なんぞ教えられるわけがない。文学の火の熱さを、さわったらやけどをするといって、さわったことがない奴らだ。生活を後生大事にして、定年まで勤め上げることだけを考えている。
 二木ほどでなくとも、志と心意気を持ってほしいものだ。師走である。ひとりのわび住まいで、何をどうするという気もないが、何となく気忙しい。

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