同窓会幹事のてん末記

2006年某月某日 還暦を迎えた中年の一団はニューヨーク・ケネディ空港に降り立った。

定年を迎えなすこともなく、濡れ落葉とさげすむ妻と娘に「俺は旅に出る」と啖呵を切って飛び出してきたN。がんの告知を受け、心の動揺を秘めてこれが最後の海外旅行になるだろう、されば異国の地でわが来し方を静かに振り返ることにしたT。曲がりなりにも生き抜いてきた60年、これまで支えてくれた妻へのプレゼントとして好きな絵画鑑賞とジャズを夫婦でとことん堪能したいと殊勝なF。起業支援NPOを立ちあげ、第2の人生のスタートを自ら祝福したくて参加したK。余生を海外で過ごす計画をもつS。

人生それぞれの思いを乗せてニューヨークの旅ははじまった。もちろん出迎えに出ているのは現地在住の青島恵子さん。宿泊はプラザホテル。セントラルパークに面し、メトロポリタン美術館へは徒歩での距離。4泊する最初と最後の夜だけはパーティをいれて、あとは全くのフリーにしてある。

こんな夢を馳せながら、写真を送付します。

7月14日。束の間でしたが、なつかしく楽しいひとときでした。みなさん多忙の中を、よく参加して下さいました。こころより感謝です。

古木先生の「諸君も年をとったな」の一言がなるほどとうなずけました。よくここまで生きてきたものだな、というのが本当のところではないでしょうか。

もちろん、まだまだ、これからという人(特に女性陣)からの反論もあります。しかし、人生こんなもの これからは余録よ、と考える枯れた境地もいいものです。

2回も大きな声で歌った校歌を、いまひとりになって口ずさんでみると、しみじみとこの中学の良さが、なつかしさが込み上げてきます。

和田徳一校長の格調高いあいさつ。氷見・橋本旅館での臨海学習。巌本真理の真っ赤なドレス。野村万作の狂言。浜名湖、日本平、九段会館、日光を駆け抜けた修学旅行。
いつの日かまた逢いましょう。

2001年8月。

40年を記念する中学同期会の幹事役は、記念写真を送付し終えて、ようやく解放されることになった。引用したのは、記念写真に添えたあいさつ。ちょっと気障だが、性格だからしようがない。同期生によるNYツアーが実現するとは思えないが、ひょっとすると瓢箪から駒になるかもしれない。

発送する当日。老舗雑貨卸の倒産が新聞の隅に報じられていた。わが同期生の父親が戦後まもなく、総曲輪で創業したもの。時代の波は否応なく押し寄せてくる。人生の余録などと、達観したつもりにはどうもさせてくれない現実がある。降りかかる火の粉に、立ち向かわなければならない事態も覚悟せねばなるまい。

五木寛之の小説「青春の門」に、筑豊の鉱山で落盤事故が起きるシーンがある。坑道にはまだ多くの人が残されている。その時、ひとりの老人がダイナマイトを抱えて坑道に入っていく。そんな老人になるのが夢であるのだが。

© 2020 ゆずりは通信