つぶし合いの代償

歴史を語ることができない日本人。歴史に真摯に向き合えない日本人。こんな事態を招いてしまった世代責任を痛切に感じている。英紙ガーディアンは9月9日「ネオナチの写真が安倍晋三首相の頭痛の種」との見出しを付けて、2枚の写真を掲載した。極右団体「国家社会主義日本労働者党」の山田一成代表と高市早苗総務相と稲田朋美政調会長がそれぞれ日の丸の旗を掲げて写っている。ふたりは笑みさえ浮かべている。11年夏に議員会館で撮影されたもので、ネオナチを標榜する代表と写真におさまる行為は欧州であれば即刻辞任となる。大きな問題になるのかと思ったが、極めて反応が鈍い。菅官房長官は山田代表の素性をふたりは知らなかったことにして「(責任は)全くないと思う」と突っぱねている。果たしてそうだろうか。
 思い出すのは竹下登の皇民党事件である。87年の自民党総裁指名に関連して、ほめ殺しといわれた街宣行動が執拗に行われ、これを収めないと指名できないといわれて暴力団幹部が仲裁に入って沈静した。竹下が「万死に値する」と慙愧に堪えないと恥じ入った。右傾化は闇勢力と必然的に絡み合う。今回の出来事も、00年6月の衆院選直前に山田代表が社長を勤める会社が出版した単行本を自民党広報本部が購入を指示したというのが発端で、共産党を批判する内容で選挙戦に使うつもりであったらしい。最近の右傾化は歯止めが効かない流れとなっているが、どうも背後にうごめく組織の存在が感じられてならない。岡留安則の「噂の真相」が健在であれば、何とか究明してくれたのではないかと思われるがいたしかたない。
 朝日新聞バッシングもここぞとばかりに続いているが、その結末は報道機関の大本営化へと行き着く。誤報や虚報を怖がって発表ものの無難な情報しか流さなくなるつまらなさを想像してほしい。そんなものにカネを払ってまで買う馬鹿はいない。つぶし合いの代償は全く売れなくなるというとだ。多少の間違いは読む者が判断するから、お前らは真剣に仕事をしろ、といいたい。メディアリテラシーはきっと身についてくるはずである。その前に特定秘密法案が立ちはだかるが、そこにも風穴は開くだろう。
 ここは襟を正して、ソウル大国際大学院のパクチョルヒ教授のわが国の慰安婦論争で感じる違和感に耳を傾けたい(東京新聞9月22日)。官憲や警察などの国家権力による強制性はなかったというが、当時の帝国・植民地による物理的強制性は想像してほしい。憲兵や巡視といった存在はものすごい恐怖の対象であったし、慰安所の設置などで日本軍が深く関与したことは否定し難い。慰安婦の自発的意思というが、実際の現場をみて果たして「ノー」といえる状況であったのか、またその「仕事」の場から離れる自由があったのか。非常に疑わしい。そして不作為だ。これまで何もしてこなかった人が、河野・村山談話、アジア女性基金の活動を全く評価しないということは全く不遜ではないか。最後に客観性だが、国際社会が慰安婦問題に関心を持つのは韓国が日本を激しく糾弾しているからではない。この問題の本質が「女性の人権」という普遍的価値の追求にあるからだ。こんな正論はまず受け入れるべきであろう。
 昨年12月26日、安倍首相は制止を振り切って靖国参拝を果たしたといわれているが、何らかの勢力に対してサインを出さなければならなかったのではないだろうか。朝日の誤報をあげつらうエネルギーはこんな真相を暴きだすものに費やしてほしい。

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