山崎豊子と<男>たち

 「白い巨塔」の医師・財前五郎、「華麗なる一族」の頭取・万俵大介、「不毛地帯」のシベリア帰りの商社マン・壹岐正、「大地の子」の残留孤児・陸一心、「運命の人」の新聞記者・弓成亮太。すべてが女流作家・山崎豊子の手になる<男>の社会派長編小説である。日本の戦後において、どうして、山崎豊子だけが、「つい、あこがれてしまう」ような男を、かくも見事に、しかも何人も提供し得たのか。社会学者・大澤真幸が「山崎豊子と<男>たち」(新潮選書)で真率な述懐を綴っている。その大河ドラマにどれほど男たちが酔わされてきたことだろう。縦横無尽に、しかも国際的に展開する作家の想像力に社会学者としての興味が尽きないのだ。不屈の取材、迫真の人間ドラマというが、ここは最高傑作といえる「大地の子」に絞り込んでその一端を垣間見たい。

 24年生まれの山崎は大阪・船場の老舗昆布屋の長女、いわばいとはん。ここの社訓は「何事堪忍」。彼女の粘り強さと船場人気質は、すべての作品に通底している。短大を出て毎日新聞に入社し、井上靖が上司だったことも幸いしたのであろう。2作目の「花のれん」で直木賞を受賞したのが34歳。すぐに専業作家となった。敗戦の時が20歳であったことからも、戦後日本とは何なのかを問い続けた小説群でもある。

 「不毛地帯」「二つの祖国」と連戦連勝の勢いの中で、84年北京中国社会科学院から研究員として招聘される。次作探しの舞台として、これほど幸運なことはないと、温めていた特捜のテーマはすぐに中断した。運は自分でつかむ。胡耀邦総書記との会見もそうで、度胸よく「中国の官僚主義は根強く、取材の壁は高くて険しく、真実が見えない」と切り出した。「中国を美しく書いてくれなくてよい。欠点も暗い影も書いて結構、ただしそれが真実であるならば」と胡が応じ、それが人民日報トップで報じられた。まるで水戸黄門の印籠と化し、中国を駆け巡りテーマを固めていく。ひとりでは心もとない、やはり有能な伴走スタッフが不可欠。62年から秘書役で野上孝子を最後の作品まで使い続けた。次がやはり出版社の担当だ。新潮社が多かった、とりわけ伝説の斎藤十一は畏怖する存在だった。運命の人は文藝春秋での連載が前提なので文春スタッフが付いている。取材先との前交渉や資料集めなど作品のディレクター役を担っているといっていい。

 そんな経過を経て、満蒙開拓団の引揚途次に孤児になった子供が主人公と決まった。中国の農家に引き取られるが奴隷のように虐待され逃げ出してしまう。やがて捕まって売りに出されるが幸運にも小学校教師に引き取られ、陸一心という名もつけられて大学まで進学する。しかし文化大革命のピークと重なる、「小日本鬼子」と糾弾され、反革命分子として辺境の労働改造所に送られる。5年後に小学校教師の養父の働きかけで釈放され、日本の支援プロジェクトである日中合弁の上海・宝山製鉄所に派遣される。このプロジェクトの指揮を取るのが実父で、あるきっかけでお互いが親子であることがわかる。共産党内部の熾烈な競争から左遷されるということも。それを乗り越え、製鉄所完成を機に。実父が日本で住まないかと誘うが、中国の父でもない、日本の父でもない、大地の子でいたいと応じる。実際は中国を選んでいるのだが、不利益なり、弱い方を選ぶことによって普遍的なものを獲得しようとする意志が見える。そして、自分が冤罪で左遷されていた内蒙古の製鉄所に志願する。ここに山崎が戦後日本をこのまま終わらせることはできない意地の問題提起と男はかく生きるべしという理想を描く。我ら凡なる男読者は、左遷など何のこれしきと歩み始めることが出来る。というわけである。

 このところの森友、加計を巡る国会質疑を見るにつけ、男の劣化が突き付けられる。恐らくこの国は壊れ始めているのかもしれない。

 

 

 

© 2020 ゆずりは通信