生きる処方箋

 酒席を共にした青年は24歳。気立てのいい好青年で、来年3月に子供ができる。専門学校を出たが、就職でつまずいている。性格は社交的で、接客業に向いていると思っていたのだが、親戚筋の下請け製造業に勤めた。上意下達でみんなしゃべらない。黙々とひたすら仕事をこなすだけでとにかく暗い。見よう見まねでやってはみたが、勤務時間がとても長く感じられてならなかった。周囲とも波長が合わなくなり、出勤がとても辛く感じて、結局辞めることにした。そんな時に、ちょっと手伝ってくれと誘われたのがJR系列の保線業務をやるところで日給月給制。高速を使って県をまたぐ仕事もしょっちゅうで、深夜作業も多い。転轍機の保守はちょっとしたミスも許されない。ミスで列車運行に支障をきたすと膨大な損害賠償が課される。特に辛いのは信号機のチェックで厳寒の深夜、ホッカイロを体中に張り巡らして、しかもひとりで行う。車を使用してはならないと現場にポツンと置いてきぼりになり、時間が来ると迎えが来る。過労突然死も目撃した。というわけだから高齢者が多く、若者が定着する仕事ではない。取り敢えずの仕事と思っている。

 ここから何を見るか、である。国鉄の分割民営化から30年。ドル箱路線である東海道新幹線を持つJR東海をはじめ東日本、西日本の本州3社と、九州、四国、北海道、貨物との格差が格段に開いた。そして新幹線開通後の在来線は地元第3セクターに移管された。しかし保線業務はJRが担っている。リニア新幹線、豪華列車、駅ナカ店舗開発など攻めの投資が華々しいが、守りの仕事はおろそかになっていることは否めない。北海道で赤字路線廃止や保線業務に予算が割けない悲鳴を聞くと、誰も問題提起しないし、政府も民間だとしてまったく関心を示さない。収益力のあるJRの中に自社利益中心の経営感覚が度を越していることも見逃すことはできない。新幹線料金の値下げや、JR間での利益配分も考えて然るべきである。リニアの名古屋-大阪間延伸を加速するために3兆円の財政投融資などはもっての外だ。民営化したとはいえ地域独占、国鉄事業の延長を考えれば、その公益性は極めて高い。忘れ易い国民性というが、権力者にとってこれほど御しやすくていいのか、と思う。

 青年の仕事を通じても、ヒヤリハットはかなり多い。そしてもうひとつ。これが最も重要だと思うが、JRからの保線委託料金が現場労働にきちんと降りてきていない現実である。親戚筋の下請け製造業でもそうだが、同族企業であっても経営情報を開示する時代が来ている。青年の働き、人格の尊厳を認め、利益をきちんとオープンに配分するので一緒に頑張ろう。それが原点である。働く側も経営の勉強をして、説得力ある意見をいうべきである。

 そして、青年に伝えた。目先の日給月給の手取りにこだわって、このまま漫然と過ごすな。いろんな人と交わって視野を広くすること。飲食店を開きたいのなら、苦しくとも自分に投資をして見聞をひろげること。富山駅前でいきなりステーキはどうか、と思えば、東京のその店をのぞいてみることだ。よく見て見ろ、世の中は日々変化している。アマゾンがこんな身近に誰もが利用している時代だ。車を買い替えようと思えが、ガソリン車の最後だから、中古車価格は全く期待できない。モノ消費からコト消費に大きく変わっている。できれば中国・深圳なども自分の眼で見て見るのもいい。30歳で取り敢えず最初の挑戦ということで、ビジネス挑戦ノートを作成したらどうか。

 こんな居酒屋でよければ、いつでもご馳走する、といい添えた。周りにはこんな青年が多い。投票に行ったこともないと平気でいう。こんな青年と誠実に付き合うのが団塊老人の責任であろう。ここまでいうかという人づくり革命、生産性革命が空疎に聞こえるのは自分だけではあるまい。

 

 

 

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