一筆啓上

 机の引き出しに63円の官製はがきを常備している。愛用の丸善の万年筆が数少ない出番を待っているという寸法である。先日ラジオ深夜便で懐かしい歌を聞き、この機会を逃してはいけないと思い立った。あて先は、絶交をいい渡されているドン・ホセ。福島県いわき市で、糖尿病で視力をほぼ失いながらも、訪問介護の助力を得て独居生活を頑なに堅持している。信じられないほどの我慢強さと、類を見ない意地っ張り。このハガキも無視されるか、破り捨てられるかもしれない。そうであっても仕方がない。自分に対して書いているといっていい。

 【一筆啓上。ラジオ深夜便にて、ひばりの「乱れ髪」を聞いた。思い出すのは、塩屋岬が遠望できるいわき市小名浜の高台の家。何はともあれ、お互い命永らえしこと喜ばし。願わくば、盲目のギタリストが爪弾く新相馬節。いま一度切に聞きたし。すべてが遠い記憶だ。】

 ドン・ホセは高校、大学の同期生。新相馬節はわが結婚式に、ギター片手に歌いあげてくれた。最高の盛り上がりを巧まずに演出し、出席者の間で語り草になるほどだった。大学時代はギター研究会に入り、演奏に明け暮れていた。スポーツ紙に就職したが、どうも違うと脱サラ。懸場帳を買って売薬に転じたが、最初は思うような展開とならなかった。ところが、飛び込みで柏崎の原発現場に飛び込むと、早大出の責任者と出会い、全国の原発が販売ルートとなって愁眉を開くことができた。売薬稼業が好調で金回りがよくなると、スペイン製の300万のギターを求め、自らをドン・ホセと名乗るようになった。散らかしっぱなしの部屋で、ひとりギターを爪弾いている喜寿の老人を想像するだけで、哀愁の旋律が胸に響いてくる。そういえば生涯独身の孤独の身でもある。お節介に、富山の老人ホームを勧めたこともあったが、にべもなかった。その時はこちらが在宅診療の立ち上げで、金策に追われていたこともあり、彼の資産をねらっているのだと誤解したようだ。それが絶交の背景となっている。彼の心中では、のうのうと終身雇用に安住してきたお前に、売薬で苦労してきた俺の気持ちがわかってたまるか、ということ。高校同期の女性のドン・ホセ評は、エキセントリックつまり風変り。組織にもまれることもなく、自ら哲学することもなく、生来の性格そのままで末期を迎えている。放置されている岩瀬の写真館跡、そして芝生の庭から海が望める瀟洒な高台の家、これらの処分はどうするのだと思わないでもないが、それはさておこう。

 お節介な同期はこう思う。最期の安息はやはり、母に抱かれる境地であろう。特にマザコンでもあったので、追い込まれた孤独を癒してやりたい。良寛が貞心尼に抱かれて逝ったように、できれば50代の女性看取り士に頼みたい。乳房を口に含ませて、最期の安息を与えてやってほしい。更にいえば、葬儀は無用で、福島沖と岩瀬沖に散骨してほしい。

 さて、希望の一筆啓上はやはり孫たちだ。小さく生きるな、大きく伸びやかに生きよ。ペンが踊る。

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