浦河べてるの家2

「至らない親ですが、いろんなこと、してやれなかったんですが、ここ、浦河にきて、いっぱい、こんなに多くの方に支えられていたんだなということをあらためて感じて、とても悲しみもあるんですが、うれしい気持もあります」。28歳の息子を喪った父親が葬儀でふりしぼった。統合失調症で浦河赤十字病院に入院していた息子が、同じ病気で入院していた42歳の男性患者に、刃渡り15センチの包丁で刺し殺されたのである。それにもかかわらず、父親は更に涙で声を途切れさせながら「二つ、お願いがあります」と続けた。
 ひとつは、息子は浦河にきてからはっきり変わってきたこと。その変化をもたらした「川村先生や病院、地域の方々」に「こういうすばらしさ」がぜひ続くようにしていただきたい。もうひとつは、加害者となった患者の方もまた長く病気に悩んできたにちがいない。その患者さんが立ち直れるように、どうかみんなで助けてやってほしい。こう訴えたのである。父親は関東地方の病院の小児科医で、18歳の頃に発病した息子と10年余りにわたり、地獄のような日々をおくってきたが、「最期のよりどころ」として浦河べてるの家にゆだねたのだった。そこで4年がたっていた。母親は「つらかったでしょう。よくがんばったね・・」とよびかけようとして、言葉にならなかった。
 川村敏明・浦河赤十字病院精神神経科部長は、この事件でマスコミから管理体制と責任のあり方について追及の矢面に立った。しかし、管理強化によって防げないし、不謹慎かもしれないがそのつもりもない。患者との信頼関係を大事にしながら、管理以外の面から何ができるかということを求めていきたいと、自ら信じる療法を述べている。
 今回手にしたのは、「治りませんように」(みすず書房)。TBSで活動した斉藤道雄が永年べてるを取材して、「べてるの家」とは何かを世に問うている。現在は、社会福祉法人と有限会社を合わせて、全国各地から集った16歳から70歳までの約100人以上の精神障害やアルコール依存など抱える人たちが、北海道浦河の地に共同住居などに住み、作業所を営んでいる。
 どんなことが行われているのか。その特徴は、認知行動療法の裏打ちとなる当事者研究とSST(ソーシアル・スキルズ・トレーニング)にある。当事者研究では、幻聴や妄想、強迫観念などがどんな時に起きるかを、何人かのグループの中にまじって、自分でその原因を徹底的に挙げていく。悩んでいる時、疲れている時、暇な時、お金がない時、腹が減っている時、薬が切れている時という具合だ。他人に代弁や代行させず、病気を自分のものにしていく。これが入口となる認知であり、それではそれにどう対処するかが出口である行動のSSTとなる。「幻聴さん、もっとおとなしくしてね」「お客さん(妄想)がきそう。でも丁重にお引取り願えないかな」と冗談めかして、飼いならしていくという具合である。「三度の飯よりミーティング」といって、日常いつでもどこでも、人に触れ合ってこれらの療法が行われているのである。
 その青年の葬儀には100人が集り、話すのが苦手だがダンスに目覚め、ナースステーションで突然ブレイクダンスを踊りだしたことなど、みんなが彼の思い出を語りだしている。浦河に来て3年目で、仲間に初めて「ありがとう」をいい、嫌なことを「いやだ」といえるようになっていた。
 そして、悩みながらも信念を貫こうとする川村先生に、古参の患者が「人間って死ぬものだぞ」と言葉を掛けたのである。励ましか、慰めか、絶妙としかいいようがない言葉掛けだ。
 こころ病む時代である。でも生きねばならない。それも誰かに代わってもらうことなく、当事者として生き切らねばならないのだ。そんな町があることを、そんな活動を止むことなく続けている人たちがいることを、ぜひ知ってほしい。バックナンバー121も参照にされたし。

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