経営者人材

経営者人材が枯渇している。大企業、中小企業、いや日本中の組織からの悲鳴、慨嘆の声である。失われた10年といっていたが、何と失われたまま更に何ら手が付けられず20年になる。そういえば最近、次の社長は誰だ、という声を聞かない。後ろ向き経営で、上から下までサラリーマン化してしまい、誰がなっても変わらないという諦めのため息だ。しかし、このような日本埋没論に安易に与(くみ)してはならないと思う。特に我らが世代からすればそうだ。次なる世代に、いや次の次なる世代でもいいのだが、仕事のなかでの創造の面白さを知ってもらわねばならない。というわけで、我らが世代を代表する格好の経営論を、伊丹敬之・東京理科大教授と三枝匡・ミスミグループ代表取締役共著の「日本の経営を創る」から紹介したい。副題は「社員を熱くする戦略と組織」。二人は共に1944年の生まれで、一橋大学に学び、75年サンフランシスコ空港で偶然再会し、親交が深まった仲である。
 経営者人材には「論理性」と「熱い心」が不可欠である。三枝流でいえば、論理性というのは、ものごとを成し遂げるための戦略性であり、そこには説得力と人のこころを動かすものがなければならない。熱き心とは、時に情や涙で動かしたり、理屈に合わないことも豪腕で乗り切ったりする原動力みたいなものである。これをバランスよくもっていなければならない。また伊丹は「高い志」と「仕事の場の大きさ」、それからその人の持っている「思索の場の深さ」の三つを挙げる。特に高い志とは、他人に対する責任感の大きさとことわっている。
 さて次は育て方、育ち方である。とにかく人を見る目のない経営者、こいつを育てたいという思いがなければ始まらないのも事実だが、小さな光があらたな光を引きつけて、大きな改革に結び付くことも多いのも事実だ。特に三枝の組織論は際立っている。ミスミの組織モデルは「創って、作って、売る」という開発、生産、販売の機能をワンセットで持つ小さな組織を作り、そこに若い人材を投入していく。自分の思い通りに推進できる組織を与えられるということだ。他の部署が問題だというわけにないかない。またそこで目先にとらわれて、チマチマ病、バラバラ病になる深刻な副作用もトップは承知している。小さな組織であっても、大きな視点を持てるかどうかもテストされるということだ。散々苦労して成功したものが、次なるステージを持つことになる。これを30台で経験させ、40台後半でトップにつける人材になるのを理想としている。こんな指摘もしている。小さな組織にする効率の悪さで失われる分よりも、そこにいる人間が面白いと感じて頑張るエネルギーの方が2倍くらいあると感じている。
 育ち方からの視点だが、無能な上司がお前に任せるといった時に、素直に受け入れて懸命に努力をして、その果実が上司に与えられたとしても、経営者人材であれば、仕事の経験を積ませてもらってありがたいとこれまた素直に受け入れる。そうした度量も大きな資質である。育てる、育つの絶妙な相互作用が不可欠なのだ。
 ふたりはまた、日本経営の独自さにこだわる。伊丹にその傾向が特に強く、彼の唱える人本主義経営では、企業を「モノ」と見るのではなく、「ヒト」として見る。ヒトが働いて、ヒトが学習をして、ヒトが蓄積をして、さらに発展するためにここにいるヒトたちは努力をするのだ。アメリカでは企業に参加する意識だが、日本では企業に所属する意識であるとの分析だ。
 そして、我らが世代に耳の痛い話である。80年代の日本は、団塊やそのすぐ下の世代の人間がどんどん増えて年功序列の形で管理職ポストを増やしすぎ、若い人を登用する隙間がなくなってしまった。今日の停滞の原因のひとつである。ということだぞ、団塊の諸君!

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