「異議なき承諾書にサインされた方はいらっしゃいますか」。3月28日、石川銀行訴訟原告団集会での弁護士発言。聞き慣れない言葉に会場はどよめいた。経済に弱い人のために説明するとこうなる。石川銀行は平成13年12月28日に破綻した。しかしその前年の3月に約200億円の第三者割り当て増資を行っている。つまり再建の見込みがないどころか、実質破綻しているにもかかわらず、それらの事実を秘匿して増資を行ったのではないかという疑念だ。しかも銀行の優位さを利用して、また無知なる人をだまして行ったようだ。その損害を賠償請求するというのが訴訟の趣旨。石川銀行は4月20日に清算され、実質消滅したので、もし勝訴した時は預金保険機構が支払うことになる。釈然としないが、税金で支払われる。
さて、問題の承諾書だ。北陸銀行などの受け皿銀行が決まり、融資先企業の選別が行われた際のこと。正常債権は当然取り合いとなる、要注意先企業まではまあ仕方がないか、という具合だ。問題は破綻懸念先、実質破綻先企業。これらは当然引き受け手がない。こうした引き受け手がない企業は整理再生機構(RCC)に委ねられる。RCCに債権が譲渡されるということは、企業にとっては地獄行きの判決に等しい。この承諾書はその時に石川銀行の職員から、サインをしてくださいと出されたもの。「署名しないと不利な扱いになりますよ」と脅された人もいる。ここでの問題は、石川銀行が増資を引き受けさせるのに融資を持ちかけ、その融資金で増資の株を買わせたのである。その株券が紙切れになり、それが原因でRCC行きになった企業だ。当然返済が求められる。異議なき承諾書はこの時に効いてくる。異議の申し立てが出来ないのである。原告のひとりが駆け寄って弁護士にどのようなものか確認した。自分は書いていないとほっとした様子だった。弁護士はここで断言した。「こうした事実があれば、支払う必要はありません」。
これ以外にも、増資勧誘マニュアルによるといろいろだ。脅迫型では、融資と出資はセットといい、出資しなければ融資ストップと脅迫する。預金同視型は、株の配当もあるから定期預金とでも思ってください。ノルマ達成型は、支店長以下が達成しなければならないと哀訴する泣き落とし作戦。この際に額面で必ず買い戻すという念書を出しているケースとか、行員が自ら身銭を切ってノルマに貢献しているケースとか涙ぐましい。
この日に集まったのが70人中の40人程度。60歳前後で男女半々というところ。石川銀行の高木頭取以下7人が逮捕されているので何となく戦勝気分が漂う。しかしほとんどが口頭でのやりとりで、証拠となるものが極めて少ない。裁判所に銀行内部の稟議書とかの文書を出してほしいといっているが進展していない。
そして、この訴訟を契機に増資のためのガイドラインが作られた。富山出身の小林剛さんの手になるもの。原告団も彼を頼りにしている。芳しからぬ風評もあるが、なかなかの正義漢で、弱者の味方である。そこには見せかけの増資、つまり自行からの融資で増資に応じさせるたこ足を禁じる「資本充実の原則」を守らせ、「銀行の優越的地位の濫用」を厳しく禁じている。しかし今回の大手行の増資にしても、現実はきれい事ではすんでいないはずだ。木村剛は、金融庁を見て見ぬ振りをしていたとその不作為の罪と断じている。
それにしても「生き残りに必死だった」といってなんでも許される最近の風潮はおかしい。そういえばこの不況の中、異議なき承諾書を差し出し、さも当然に受け取っている企業も多いに違いない。雇用の継続と引き換えの卑屈さ、対する傲慢さ。卑屈と傲慢がぐるぐると回転する悲劇。石川銀行だけではあるまい。
先週末上京し、進学したわが愚息のアパートの整理と、多少の家財とスーツとかを買い揃えた。文化の香りでもと演劇を一緒に見ることにした。こまつ座「人間合格」。井上ひさし原作で、ご存じ太宰治の「人間失格」をもじり、その生涯を描いたもの。これにて親離れ子離れのセレモニーのつもりだが、いかに。