あたわり

「自分にあたわったちょうどいい人生」。紐でていねいに綴じられた冊子が、訃報と共に届いた。三橋久美子さん、1年先輩である。旧姓が八十歩(やそぶ)で、大学の広告研究会で出合った。高岡市高の宮にある“やそぶ化粧品店”の娘さんで、商家の出であることを誇りに思っている人だった。静岡在住で、拙著を送ったところが、「高の宮の下の小間物屋」という自著が送られてきた。街のにぎわいの中に、商いの息吹きが聞こえてくる家族が描かれている。しかし、この時には既に病魔に襲われていた。「多発性骨髄腫」で血液のがんの一種だ。ちょうど満59歳の時、告知をうけている。そして、真宗との出会いが彼女をして、ちょうどいい人生といわしめた。幼い時、祖母が「ナマンダブ、ナマンダブ」と念仏を繰り返した信心が、彼女によみがえったといっていい。1月29日病没となっているが、冊子の発行が1月24日。死の床にあってなお、パソコンのキーを叩いていたのである。解脱の心境をこう結んでいる。
 「せめて子供たちが結婚するまで、いてあげたかった」「世間知らずの夫は私がいなくなったら困るだろう」との思いこそ、不遜なこと。自力のはからいにとらわれている証拠。自分がいなくなっても、みんな自分にあたわった、ちょうどいい人生をちゃんと歩んでいくことでしょう。
  “あたわり”というのは富山弁で、運命づけられたこと、あるいは、宿命の、という意である。この心地いい響きは、越中真宗門徒のこころの響きといっていいだろう。生もあたわりなら、死もまたあたわり。只今即今において生死一如であること。忘れ去っていた思いが新たによみがえってきた。清沢満之の「絶対他力の大道」をいま一度開いている。
 彼女が幸運であったのは、静岡大学の山下秀智教授に出会えたこと。その勉強会で、教行信証、歎異抄を学んでいる。山下教授の著作を見ると、キェルケゴールと親鸞など実存哲学に通じている。このレベルの高さこそ、心の闇に分け入ってくるのである。富山大学にも梅原真隆なる歎異抄研究の大家がいたのだが、今はどうなっているのだろうか。
 そして、彼女との縁はこれだけに限らない。新湊小学校時代以来の親友・沢定之君の嫁さんが、彼女の妹である。訃報も沢君からである。
 そういえば、新湊小学校の友人のひとりに、こんな苦言を呈する日でもあった。友人に“うたごえ喫茶”の案内パンフを送付したことに始まる。彼からの返事は「時間ができたらコンサートには行きたいと思っていますが、基本的に“うたごえ喫茶”みたいなものは私の性格に合いません」。これにカチンときた。新湊小学校から大学へ進学したものは、1割に満たない。その恵まれたものの返事にしては、繊細さに欠けるというもの。まして、60歳を過ぎているのである。もう少し気配りがあってもいいのではないか、と抗議のメールを打ち返した。できることなら、こんな返事がほしかったのだ、と。「参加できるかどうかわからないが、セットの会費、振り込みます。参加証などあれば送ってください。知人友人に代理として参加するよう勧めてみます。うたごえ喫茶の盛会、祈っております」。理系の人間はこれだから困る、と蛇足めいたダメ押しをして、後悔している。煩悩具足のこの身ゆえ許されよ、だ。
 さて、あなたのあたわりはどうだろうか。仕方なしに、あたわりを受け入れるのではなく、積極的にあたわりを受け入れていくのだ、ということ。これを忘れてはならない。最近、女のあたわりがないような気がするのだが、だと、この罪悪深重、凡下の輩め、地獄に落ちろ。

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