伊勢丹地下売場

消費を淫らにしている。詩人にいわせれば、そう表現するだろう。東京・新宿の伊勢丹本館地下食品売場だ。チョコレートの製造販売をしているドアの前に店員が2人も立っている。温度管理のためか、と聞くと、いいえ店員が少なく対応ができないために、入場を3~4人のお客さんに限らせていただいています、とのたまう。あなたの人件費を補って余りある利益なのか、といいたくなる。地下売場特有の猥雑さはない。博物館、美術館といっていい趣で、商品にはさりげなく由来や成分がかかれた説明書が置いてある。さすが東京、午前中だというのに、客達は右往左往している。限りある需要・消費を求めていくと、こんな形にしかならないのか。「冬物一掃 半額セール」のわが衣料品店は生き残れないということか。
 「仕事人に聞く」(講談社)なる本を先輩から渡された。新しい仕事に手を出すそうだが、侮るな、細部に気を配れ、媒体という虚業とは違うのだ、というメッセージと受け止めている。
 気になった仕事人に、伊勢丹・食品バイヤー・上野奈央がいた。大学での専攻は日本史で、博物館の学芸員を目指していたが、伊勢丹に入社する。輸入食品を扱う洋特選売場担当から、食品フロア改造プロジェクトの最も若いメンバーとなる。「とにかくわがままを、理想をいいなさい」と諭されるのだが、売場の発想ではなく、消費者の立場に立てということ。伊勢丹は、30歳の娘の発想を、07年6月の全面改装で実現するのである。ケーキのショーケースは3段から1段になり、宝石ケースを覗くようになった。新たなストック場所などのロスも承知で、売場改造に打って出たのである。全国のケーキ屋を行脚し、年間1000個以上を食べて、5キロ太ったという。ネパールへ紅茶、パリへはジャムの買い付けにと出かけることも。出店交渉も任される。伊勢丹には1店舗1日360個の生ケーキを準備するという絶対的なハードルがある。頑固な職人と合わないこともしばしばで、10回通って,11回目で了解を取り付けたこともある。とにかく徹底して、本場・本物・本格を目指し、まがいものはやらないを演出する。勝ち組・伊勢丹の勢いというものだろう。
 そういえば、伊勢丹の顧客管理が行き届いていて、年間100万以上買い上げる客が実に多く、売り上げのかなりの分を占めるという。また地方百貨店とは、仕入れ力もさりながら、返品が少ないから仕入れ値がかなり低く、そのために利益率も格段に違うとも。
 いまひとりは、中山あやこ。東大法学部を出て、三井物産に入社した。コンシューマーサービス事業部に配属されて、保育事業に乗り出すことになる。商社も様変わりし、これと思う事業は自ら立ち上げるか、積極的な資本提携も図る。その企業価値を高め、上場することによってキャピタルゲインを得る手法を積極的にとっている。中山は保育事業のフィージビリティ(企業化可能)調査を命じられ、そのレポートを1週間でまとめ上げ、その実践もひとりでやらされることになる。既に保育事業を手がける藤沢の企業と資本提携し、まず公立保育園の民営化事業に挑んでいく。行政との慣れない交渉も、持ち前のコミュニケーション能力の高さ、人とのかかわりを恐れぬ性格で乗り切り、7つの直営型保育園を立ち上げることに成功。事業所内保育施設を入れると、出向3年で24保育園を実現させた。彼女は現在34歳。40歳頃までに、企業を自分でハンドリングしたい、つまり社長業をやりたい思いがある。結婚して2児の母親でもあるが、意気軒昂である。
 たまたま女性2人を挙げたが、伊勢丹や商社だけの特殊な環境がそうさせているだけではないと思う。思い切った人材の活用を忘れた経営者が多いのだ。「不機嫌な職場」(講談社現代新書)の実態を知ると、もう限界であろう。取り返しのつかない事態が噴出してくるのは間違いない。自社の人材を信じて、任せることだ。
 久しぶりの東京だが、ケアタウン小平と藤沢の福祉マンションを訪問するのが目的であった。その報告は次回に譲るとするが、フィールドに飛び出してみることだ。もちろん、年齢を問わず。何かが見えてくることは間違いない。出張旅費も削るな!悩める子羊よ、時に身銭を切る心意気も大事だぞ!

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