“がん”からの生還

旧臘にうれしいメールが届き、3日には一緒に食事することができた。この一口一口が身体にエネルギーを与えているのが実感できるんだ、とうれしそうに食べる。さて、この神様からプレゼントされた命をどう使うのか。楽しみである。
 昨年2月、例の居酒屋で高校同期6人が呑んだ時に始まる。ゆずりは通信(?391)で取りあげた男6が、舌の付け根に痛みを感じるのだ、と酒を飲まなかった。おい、変なものができてるんじゃないだろうな、と応じたのが男1。これを真に受けて、翌日すぐに医者に駆け込んでいたのである。富大付属病院でPETによる造影検査等をした結果が「口腔底ガン」。即日入院となった。進行性のもので、手術は無理と判断された。放射線と抗がん剤での治療となるが、あごの骨が溶け、総入れ歯となるリスクもあるとの宣告も。入院前日のメールが、覚悟を決めて闘病生活に入る、もう連絡するな、見舞いも結構だというものだった。糖尿病もあるし、次に来るのは訃報しかないな、と誰もがそう思わざるを得ない。それから10ヵ月の音信不通である。
 ところがどうだ。届いたのは訃報ではなく、がん細胞が消え、足の指を切断までした糖尿病の数値までも改善したという。動脈からカテーテルを入れ、患部へ直接抗ガン剤を当てる治療が5回、それに並行して放射線照射を35回。年齢・体力をある程度無視したという荒っぽい治療だったらしい。最新のPET/CTの造影検査や細胞の摘出検査の範囲内で、ガン細胞が消滅しており、再発の兆候も今のところみられない。歯も1本も抜け落ちてはいない。医者自身が不思議だといいながら、11月からの職場復帰を許可するしかなかった。
 この生命の不思議さはどうか。男6の生命体は、60兆の細胞から成り立っている。その細胞のすべてが分解と合成を繰り返しながらの、いわば自転車操業。物を食べるということは、単にエネルギーの補給に留まらず、食物の持つたんぱく質がひょいとある細胞に置き換わる。パズルのピースのようにピタッと収まるのだ。生命の維持とはこの自転車操業だが、永遠に狂うことなく続いているわけではない。必ず狂ってくる。これをエントロピーの法則というが、パズルのピースである細胞があるべきところに収まらないで勝手に増殖しだすのが、がん細胞である。その行き先に死がある。思えば、60兆の細胞の絶妙なバランスの上にあるのが生命ということになる。これが38億年間繰り返されているのだ。とにかくままならないのが、命ということになる。
 さて、新春早々の結論である。命さえままならないのに、他のものがままならくとも、何ら恐れることはないのではないか、ということ。エントロピー増大の法則に誰も抗うことはできない。それなら、その法則に任せるしかない。そこに任せて、与えられたものを楽しんでしまえ、という結論だ。
 とはいいつつ、イスラエルのガザ地区に対する攻撃には、人間の愚かさに深い絶望を感じざるを得ない。イスラエルの若き兵士に、ハマスの若き闘士に、これでいいのかと問いたい。なだいなだもいっているが、過去の有名なユダヤ人たちにも出てきてもらって、一言いってもらいたい。アインシュタインは、チャップリンは、マルクスは。トロツキーは。
 不況や、派遣村の方が大事だという意見もあるが、このパレスチナ問題を真剣に考える想像力を持たないで、不況対策を論じてもそれは本質的なものにはならないと思う。
 父を喪っての新年であるが、やはり念頭のあいさつは申しあげたい。ままならない命だけに、この1年ももがき苦しみ、そして楽しむぞと決意を込めて。
 みなさん、明けましておめでとうございます

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