短歌の個人販売

 「あなたのための短歌1首」。販売価格12,000円。あなたのためだけの短歌です。歌人・木下龍也は88年山口県生まれの34歳。短歌を売る発想の奇抜さに敬服するしかない。孤高の歌人たちはどんなにひもじい思いをしようが、歌を売るなんていうことは思いもつかない。斎藤茂吉は論外だが、北杜夫は「どくとるマンボウ歌売り記」くらいに思ってくれるかもしれない。

 依頼者からメールで届くお題をもとに短歌をつくり、便箋に書いて封筒で送る。お題は大切な人との死別、結婚、離婚、出産、子育てなど、木下が経験していないこともある。短歌をつくる手がかりとなる情報はメールのテキストだけ。そのわずかな部分に自分を重ね合わせて、どんな言葉がほしいだろうか、じっくりと考える。時には数日をかけ、何度もお題を読み返す。制作した短歌は記録として残さず、どこにも公表もしない。当然、購入した短歌をどのように使っても構わない。2017年から販売を始めて、ほぼ約700首の短歌が生まれた、いや売り上げたというべきか。そこに、それらを1冊の歌集にしたらどうか、という編集者が現れた。記録もしていないので、依頼者からあらためて短歌を提供してもらうしかない。声を掛けると300首以上が集まり、「あなたのための短歌集」(ナナロク社)として刊行できた。短歌の対価はすでにもらっているので、印税分でいろいろな歌集を本屋から買い求め、学校などに寄付をした。短歌の未来を担うかもしれない子供に触れてほしいという思いが込められている。

 更に驚くのは、歌人・木下が宣伝会議主催のコピーライター講座を受講していること。同期だったクラウドワークスの新岳志が講座の中でも非凡さが際立ったという。短歌とコピーを違和感なく取り込めるというのは、才能に対する自信の成せる技だろう。とにかく短歌を個人販売するという時代がやってきたのだ。実に感慨深い。

 そんな系譜で見ると、ピアニスト・反田恭平もそのひとり。自ら経営する「株式会社NEXUS」を立ち上げている。アーティストは自分の考えをもっと出していくべきで、日本の場合、演奏家は自分の出演するコンサートでも意見をいわない風潮がある。アーティストであり、経営者でもあるということで、自分の見せ方(魅せ方)を深く考えて、新しい聴衆を獲得していきたいと意気込む。父がサラリーマンでピアニストで食っていけないと反対だったというが、純粋培養でなかったのが幸いしているようだ。

 資本主義社会で生きる限り、どんなアーティストでも作品に売価を付けて売るしかない。そして、市場の選別こそ自由と公開性を担保できる民主主義の公正さと明るさだ。時にアーティストはアナーキストよろしく、その枠組みから外れることも恐れてはいけない。よしや、うらぶれて異土の乞食となるとても、恥じることではない。

 さて、この7月に閉館する岩波ホールの亡き高野悦子総支配人のことを思い出す。彼女はいつもバッグの中にチケットを忍ばせて、これと見定めて、売りさばいていた。あの瀬戸内寂聴も、99年6月寂庵を借り切った時に話を終えるや否や、発売したばかりの源氏物語を積み上げ、サインするからと参加者に売りさばいた。売るという行為はなかなか難しい。にじみ出るような品性の演出があってほしい。

 

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