「負けるな北星!の会」

いま注目しているのが北星学園大学である。そして、髪の白さが目立つ56歳の男の心情を思いやっている。従軍慰安婦の証言を初めて引き出した植村隆・朝日新聞元記者だが、同大学の非常勤講師を勤めている。今年1月末の週刊文春が「“慰安婦捏造”朝日新聞記者がお嬢様女子大教授に」とはやし立てたのが始まりであった。植村記者は3月末に朝日新聞を退職し、神戸松蔭女子学院大学の教授に転じることになっていた。ところが同学院大に抗議電話、恐喝メールが殺到し、教授就任の契約解消要求となり、「大学も被害者だ」と即座に応じた。更に追い討ちというべきか。朝日新聞在職中の12年4月から北星に務めていたのだが、「あの植村が北星にいる」と5月初旬から同大学への脅迫電話、メールが殺到し、脅迫状まで届いた。その脅しは家族にも及ぶ。奥さんは韓国人である。高校生の長女は名前と顔写真をネットでさらされ、すさまじい差別攻撃を受けている。「お父さんは売国奴です。お母さんは密入国朝鮮人の売春婦です。あたしはとても誇りに思います。おい、涙拭けよ」「このガキにも塗炭の苦しみを与えないとな」「自殺するまで追い込め「この一族、血を絶やすべき」。
 一方、北星大学では抗議電話の録音がネットに流され、電話対応した女性職員は憔悴のあまり退職に追い込まれ、ほとんどの職員は対応に追われ、仕事にならないと頭を抱える。苦慮する大学は来年度も植村の雇用を継続するか否か、結論を迫られている。12月4日の理事会は賛否の間で揺れ動き、結論を持ち越した。田村学長は「私は継続しない方がいいと思う。学生の安全確保と受験生への配慮が理由」と効用継続に反対の立場を明確にしている。
 こんな状況に植村支援の声も広がりをみせる。9月16日札幌市内で植村を囲む勉強会が開かれた。約60人が集まり、「激しいバッシングの最中でも、気丈な娘は冗談を言って家族を笑顔にさせる。私もがんばらねば」と3時間にわたる話を締めくくったのを聞き、大学を支える会を立ち上げることになる。しかし、いざ呼びかけ人となると進まない。「応援するが名前は勘弁して」「仕事もあるし、家族もいる」とリベラルな著名人も断り続ける。そこに「私は何をすればいいですか」と声を掛けたのが、今春北大から法政大に転じた政治学の山口二郎教授。「こんな脅しが成功し続けたら、気に食わない学者はどんどん辞めさせられる」と応じ、内田樹、姜尚中、香山リカ、野中広務まで広がり、「負けるな北星!の会」が賛同人401人となって発足した。
 その記者会見で大手紙の記者が質問した。「(脅迫メールなどを指して)テロは言い過ぎではないか。執拗だが、いたずらともとれる」。ここで小林節名誉教授は猛然と反論した。「大学は植村さんに警備をつけなければいけない。仕事がなくなれば、生存権が脅かされる。娘さんに自殺を教唆するのは犯罪だ。これがテロでなくて何なのか」。
 最後に、植村元記者の心情をおしはかってみる。非常勤講師としての収入は月額にして数万円。子どもふたりの教育費も考えねばならない。教職員の心労を思えば萎えそうだ。加えて同僚ともいえる教職員は、常勤教員の追放なら大学の自治、学問の自由に関わるが、非常勤は必要に応じての採用だから、必要性がなくなれば講座もなくてもいいのでは、という空気である。朝日新聞という看板に依存したジャーナリストから、野に放り出されて生きていけるのか。阪神支局で殺された小尻記者と同期入社であれば、生かされている自分に課せられた試練と思うしかないであろう。沖縄密約の西山太吉も生き抜いたように、その生き様こそ、自主規制と自己保身に走る企業内ジャーナリストへの批判となることは間違いない。健闘を祈りたい。この老人にも試練が襲っている。
 参照/「世界」12月号「私たちは北星だ」。東京新聞12月8日朝刊。

© 2020 ゆずりは通信