「リニア中央新幹線をめぐって」

 87年の国鉄分割民営化が底流となって、リニア中央新幹線というハリボテが国家プロジェクトに仕立てあげられたが、工事差し止めが現実味を帯びてきている。民営化よりも、分割した負の側面がもろに出ている。リニアを単独で投資運営するJR東海は、自社収入の90%が東海道新幹線で、不採算路線が少ない。JR北海道が赤字に悶え苦しむのをしり目に、あり余る利益を投入し、更なる高収益を独占しようと目論んだ。もともとあった中央新幹線構想を他に介入させたくないという動機である。公表したのは07年12月で、投資額は10兆円を超える。「陸のコンコルド」という指摘はいい。超音速旅客機として登場し、採算性が悪く、墜落事故であっという間に消えたあのコンコルドだが、リニアも同様、危険極まりないプロジェクトであることが判明しつつある。

 遅まきながら、21年4月に刊行された「リニア中央新幹線をめぐって」(みすず書房)を手にした。筆者は山本義隆。元東大全共闘議長だが、駿台予備校で教えながら、在野で科学史の名著を出し続けている。リニアへの疑問は、駿台大阪校でも授業を持ち、大阪にひとり住む母親の介護もかねて10年間新幹線を利用していて、その車中で浮かんでいた。それが福島の原発事故から日を置かずに、国交省がリニアにお墨付けを与えたからだ。リニアの時速500キロは、従来の新幹線の2倍の速度。つまり2の2乗倍の4倍のエネルギー(電力)を要することは初等力学の基本。原発事故のすぐ後に、もうひとつ原発が必要というプロジェクトを決める理不尽さ。リニアと原発は危うさが似て、親近性がある。更にいえば、コロナ禍にあって大量輸送など全く必要ないことも自明のこと。強引さの背景に何があるのか。大阪万博、カジノ誘致、リニア新幹線という3点セットで推進する大阪財界と維新の時代錯誤的野望が見え隠れもする。11年に整備計画、14年に着工を認可し、あろうことか16年に3兆円の財政投融資を安倍政権は論議を尽くさず決定し、開通の8年前倒しの後押しまでやった。こうなるとゼネコンを始めとして、猫も杓子も群がり出して止まらない。

 時速500キロにこだわる走行は、経済的、技術的、環境面で難題というより、誰にも無理と思われることが数多い。大深度を掘削して出る膨大な残土、あふれ出る水量、工事中の落盤、大深度の中での列車事故は誰も想定していないように見える。

 とりわけJR東海の代表取締役を28年間勤め、現在も名誉会長に納まる葛西敬之の罪は重い。「国鉄改革3人組」と称されて権力に取り入り、産経の「正論」で臆面もなく排外主義の論陣を張り、無二の親友といわれる安倍が得意の友達優遇で国家プロジェクトに押し上げた。しかし、強権だけで乗り切れるとはとても思えない。

 ここまで原稿を書いたところで、朝刊に月刊文藝春秋3月号の発売広告見出し「リニアはなぜ必要か」を発見。もったいないと思いつつ、1100円で購入した。さて、世論は大井川水系のトンネル湧水で静岡県知事の着工は許可しないなど完全に反リニアに転じている。ここで暗躍するのが葛西を取り巻く人脈だ。文春に働きかけ、この座談会を持ちかけたと想像する。「開業後には世界に類を見ない大回廊都市が生まれる」と、原発の安全安心で、未来を拓くと聞いたような論を繰り返している。北京―上海間、ワシントンーボストン間に先駆ける世界初のリニアで、東京―名古屋―大阪で6000万人のメガロポリスが出現するというめでたさ。自意識過剰の大国ナショナリズムがいまだに通用するという時代錯誤ぶりだ。

 さて、国策として走り出すと、止められない利権ベースの、何度も見させられてきた猿芝居。JR東海をつぶしていいのか、3兆円の国費はドブに捨てていいのか。もういい加減にしてほしい。こんな論に負けていては、戦争だって防げない。

 

 

 

© 2022 ゆずりは通信