オノ・ヨーコ

小野洋子と書けば全く別人になってしまう。やはりオノ・ヨーコ。彼女が講演をするという。「YESオノ・ヨーコ」展に合わせて来日するらしい。早速、わが家のアーティスト・次男と二人で応募する。4月17日、東京都現代美術館。東京の下町・江東区に不似合いな美術館の威容である。寅さんがステテコ姿で「おい、ヨーコ。これが前衛なのかよ」と出てくる感じだ。入口にずらりと並んでいるのは100個の木の柩(ひつぎ)。小さい子ども用もある。最後の対面をする窓から緑の木が伸びている。こうして度肝を抜くのがヨーコ流なのだ。
 さて、講演だ。メモの用意をしていたが無駄であった。黒のサングラスをかけて、おなじみの黒のパンツ姿で。ステージに現れるや、椅子のレイアウトに取り掛かる。ひっくり返したり、斜めに置き直したり、そうこうするうちに自ら仰向けになるや、足を跳ね上げストレッチである。トークの相手に登場した美術評論家・椹木(さわらぎ)野衣が紋切り型の質問をしようとすると、メジャーを取り出して、彼の頭周りを測り、頭だけで考えるなと諭す。そのうちに席を取り替え、並べ方を変えて、ポジションを替えることがアートなのよ、とからかう。二人で仰向けになり、ストレッチをしだす。まるでショーである。会場内は不思議な雰囲気で、頃合いを見計ったようにブルーの毛糸紐が聴講者全員の手に持たされる。自分が世界中の人とつながっている、ということ。会場にいた横尾忠則が飛び入りする。筋書きが大嫌い、予期せぬことが起きて喜ぶ。そして最後のパフォーマンス。大きな花瓶が持ち出され、それと同じ花瓶が爆弾の衝撃で粉々に砕けてしまったという。そのかけらを持ってきたので、きょうの全員に持ち帰ってほしい、そして10年後それを持ち寄って再会し、花瓶を再生しましょう、と。 
 興味が尽きないのが彼女の出自。1933年の生まれ。母の磯子は、富山を出奔して江戸に出て、水売りから身を起こした銀行王・安田善二郎の孫にあたる。磯子の父・安田善三郎は安田銀行の頭取。父小野英輔は東京銀行の前身横浜正金銀行の役員、東京帝大出の秀才でもある。曽祖父が薩摩出身で西郷、大久保と並ぶ税所(さいしょ)篤で子爵。そういえば、白州正子も薩摩の樺島の孫にあたる。祖父小野英二郎は日本興業銀行の総裁。
 彼女の記憶にある5~6歳の頃は、母方の鎌倉の広大な別荘でひとりだけポツンと暮らしていた。父は海外出張で超多忙、母は東京でいろいろな交際で多忙だった。何人かのお手伝いさんと、外人のピアノ教師、バイブルを教える家庭教師、お付の人は仏教を教えてくれたという。華麗なる貴族の家系では、その精神性を高めるためにあらゆる芸術教育がほどこされる。戦後となって学習院大学哲学科に進み、マルクス主義と実存主義の影響を受ける。しかし、父のアメリカ転勤に伴って中退し、アメリカのカレッジに進む。そこでアート活動に専念し、安田家と小野家の息の詰まるような遺産と決別することになる。思想的な帰着でもある。駆け落ちの相手はニューヨークでお互いに芸術家として苦労をともにした音楽家の一柳慧。これが最初の結婚。ところが二人が日本に帰国してから、ギクシャクする。自殺未遂と精神病院への入院となる。そこに出現したのが、ニューヨークから追いかけてきたトニー。二度目の結婚で、京子を生んでいる。
 そして三度目。「その日、ジョンと私はできてしまった」。結婚したのが1969年、ジョン・レノン28歳、彼女36歳。そして息子がショーン。馴れ合うのを最も嫌うのが芸術家。それなりの覚悟もいるが、生き方がすっきりしている。そして、彼女を見ていると、時間とか、歴史という中に生きているんだというのがよくわかる。
 「YESオノ・ヨーコ」展は6月27日まで開かれている。一見の価値はある。

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