こんな夜更けにバナナかよ

介護及び介助概念をわれわれは一変させなければならない。
 鹿野靖明は小学校6年の時に進行性筋ジストロフィと告げられた。効果的な治療法はなく全身の筋肉が徐々に衰えていく難病である。中学・高校と養護学校で過ごし、18歳の時に足の筋力低下で車イス生活となり、32歳の時に心臓の筋力低下で拡張型心筋症と診断された。ほとんど寝たきりの生活で、両手の指がほんの少し動くだけである。痒いところをかくこともできない。自分の尻を自分で拭くことができない。眠っていても寝返りを打つことができない。更に35歳の時に呼吸筋が衰えて自発呼吸ができなくなり、人工呼吸器を装着する生活となった。以来24時間、誰かが付き添って呼吸器や気管内に詰まる痰を吸引しなければならない。死と隣り合わせの緊張した生活が余儀なくされる。不眠症に神経症も加わる。この男の凄いのは、この状態で在宅での自立生活にこだわったこと。病院でさえ持て余すのに、前例がないことを説得した。「俺が生きて、日本の福祉を変えてやる」という気概である。
 有償の専従介助者に加えて、ほぼ20人以上の無償ボランティアが必要だ。生活保護+公的介護料だけが彼の収入である。長く続けるためには無償が不可欠。教会、大学、マスコミへの登場、新聞広告とあらゆる手をつかった。「昼」「夜」「泊まり(2人)」と1日4人でダイヤを組み、人口呼吸器の操作、痰の吸引という医療行為も特別に免除してもらい、在宅にこだわった。死んでも医師や、ボランティアの責任ではないという念書も書いている。札幌にある「道営ケア付き住宅」で、1年は持つまいといわれた命を5年間持ちこたえさせたのである。
 鹿野はあつかましく、わがままであり、毎日のように介助が下手くそだと癇癪を起こす。「もう帰れ、来なくていい」という暴言で何人も傷つき、来なくなったボランティアも多い。それでも離れられなくなるボランティアも多く、ゼミをさぼり、旅行を中止して駆けつけてくれる。鹿野は自分のことをカリスマ障害者と吹聴もしている。障害者でなければ誰も相手にはしない。とにかく生きるということに対する執念が凄い。まるで引き算のようにできることが少なくなるのに、その都度めげずに虚勢を張って、ボランティアをこき使う。真夜中にボランティアを起こし、腹が減ったからバナナをくれという。眠い眼をこすりながら、皮を剥き食べさせる。もう寝かせてくれというところに、「おい、もう一本」とくる。腹が立ってしょうがないのに、どういうわけか怒りを冷えていったという。
 どうも迷惑はかけずに、おとなしく「お願いします」「ありがとう」という障害者からは程遠い。自我を通しぶつかり合い、若い女性ボランティアに恋をし、セックスも行っている。確実に障害者の生活レベルをアップさせたのである。さしもの鹿野も02年8月に、42歳で逝った。葬儀には全国からボランティアが押しかけ、涙を流し、この活動で生きることを学んだと、鹿野に感謝した。
 5月6日両親の要介護認定結果通知書が届いた。父が要介護1、母が要介護3である。そんなこともあり、書店で上野千鶴子の「老いる準備」を見つけ、購入した。彼女のいう通り「介護保険は家族革命」である。フェミニズムが唱える自立に危うさを感じていた上野は、鹿野のような障害者自立運動に出会って眼からうろこが落ちた。24時間介護が必要な身であっても、自分のしたいことは自分が決める。自分のしたいことに他人の援助が必要なら、それを得る権利が自分にある、という考え方だ。
 そうだあの本をまだ読んでなかったと引っ張り出してきたのが「こんな夜更けにバナナかよ」(北海道新聞社刊)。若いフリーライター・渡辺一史が丹念に取材している。もっと早く読むべきだったと後悔した。
 さて、介護現場では男が難しい。厄介しされ、嫌がられ、敬遠される存在なのだ。時に暴言も吐くし、大暴れもする。ところが家族はこれに恐れ入り、家に帰ってほしくないから、ベッドに縛り付けてもかまいませんとなる。虐待があっても見ぬ振りしてしまう。わが愚息どもも多分そうだろう。
 諸君!男が老いさらばえても、尊厳を主張する権利があるのだぞ。老いたる鰥夫(やもお)の尊厳を守る会を発足させたい。

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