手塚治虫「ながい窖(あな)」

 学生時代のアルバイトで胸の張れるものは、当時池袋にあった虫プロでのセル画の発送。50年前のこと、東上線北池袋の奥まった6畳一間で家賃6300円の下宿だった。隣の邸宅の庭が眺められて結構気にいっていた。地の利で得た仕事は、抽選で当たった子供に送付する宛名書き作業。セル画というのは透明なフイルムに手書きで描かれている。何枚か重ねて動きを出す手法で、気の遠くなる根気のいるチーム作業。セル画はアニメの先駆けとなったジャングル大帝だった記憶がある。手塚治虫がこれほど偉大だったとは思っていなかった。そして意外なことから、手塚治虫につながった。

 縁あって、れいわ新選組から参院比例で出馬するキム・テヨンを支援している。生後45日間とはいえ、植民者の端くれとして朝鮮・光州市で過ごしたことは忘れていない。キム・テヨンは大阪市大文学部第2部だから夜間を出て、現在東洋大で社会学の教授をやっている。苦労続きでたどり着いた59歳。18歳まで在日を隠し、井沢泰樹と名乗っていた。彼をしても在日と明かすことができなかった差別は、自殺未遂を2度起こすほど想像を絶するもの。そんな話をしていたら、手塚治虫の作品で、在日を鋭く切り取った「ながい窖(あな)」を教えてくれる人がいた。70年11月のサンデー毎日増刊号に掲載され、現在絶版となっている。

 手塚マンガのリアリズムというべきか、描き方がすさまじい。大企業の専務に収まる主人公は趙という姓の朝鮮人であったが、帰化して日本国籍を取得している。人望もあり、円満な家庭生活を送っているが、差別や迫害を恐れるあまり、朝鮮人ということを徹底的にひた隠す。焼肉屋に誘われるだけで眩暈を起こすほどで、永住権取得朝鮮人を、朝鮮人だからという理由だけで、会社の面接で落としたこともある。自分が朝鮮人だと思われたくないためだ。ある日、岐阜の戸狩山に強制連行され、一緒に地下壕堀をさせられた在日同胞の友人に出会い、頼まれて大村収容所を脱走した青年を預かったことから、暗転していく。娘を交通事故で失い、息子がリンチにあってひん死の状態になるも、在日がばれるのを恐れた。リンチの抗議に行った学校で「朝鮮人のひとりやふたり殴られたからといって、大したことではないでしょう」といい返されて、ようやく「わしは朝鮮人だ。それがなぜわるい」と怒鳴り返す。

 わが知人はその末尾に、手塚治虫が66年の朝鮮時報に寄稿した「在日朝鮮人の民族教育を日本人の手で守ろう」の一文を添付してくれていた。朝鮮人がなぜ自国の歴史や文化を、朝鮮人の教師によって朝鮮語で学んではいけないのでしょうか。逆に、われわれは、朝鮮人に対して行なった、かつての日本軍国主義の強圧政策を、どのくらい知っているでしょうか。朝鮮人の民族教育を「反日教育」だとは笑止の至り。私は、日本人として本当に恥ずかしく、申しわけなく思います。 参照 https://trashbag.tistory.com/209

 もう一度、このレベルに押し返さなければならない。

 また「キム・テヨンを囲む会」を企画しています。富山在住の方ぜひ、参加ください。

  6月3日(金)10時30分~高岡会場=ウィングウィング504号室

         13時30分~富山会場=富山県総合体育センター会議室

         16時30分~魚津会場=新川文化ホール102号室

 

 

 

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