マスメディアの危機

ニューヨーク市立大学(CUNY)大学院ジャーナリズム学科。30代であれば、私費であっても挑戦したであろう。これまでに、読売新聞の女性記者、朝日新聞も女性記者、講談社は男性編集者と若き3人が留学している。ここは企業からの派遣ではなく、苦しくとも個人で行くべきだと思う。若き3人も企業内の壁にぶつかったら、個人で起業するくらいの気概をもってほしい。アメリカ資本主義のいいところだが、メディアの危機が明らかになるとすぐにこうした講座を開き、打開の途を考え、そこから起業する人材が出現することだ。タウ財団とナイト財団がそんな要請に応え、それぞれ300万ドルを寄付し、起業ジャーナリズム・タウ・ナイト・センターが発足し、教育する人材をそれなりの報酬で集める。授業料も高そうだが、魅力があれば世界から受講者が集まる。その素早さ、ダイナミズムには、胸がすく思いがする。日本の新聞が安閑といまだに惰眠をむさぼれるのは、言語障壁があって競争原理が働かないからだ。大学もそうかもしれない。
 「デジタル・ジャーナリズムは稼げるか」(東洋経済新報社)はこのCUNYからのレポートである。おもしろい。朝日から派遣された井上未雪は、「それは本当に読者に必要なのか」「民主主義に役立っているか」「上から目線で市民を見ていないか」「既存メディアの独りよがりになっているのではないか」と投げかけられて、「王様は裸だった」と瓦解させられた。留学のきっかけとなったのは、アマゾンのジェフ・べゾスがワシントンポストを買収したこと。何かが変わると予見したのであろう。
 この学科を主導してきたジェフ・ザービスは、ジャーナリズムは公共性を追求するにも関わらず、NPOではなくビジネスとして展開すべきだと考える。寄付金だけではジャーナリズムを支えるには十分な金額に達しないし、何らかの意図に基づく寄付は「タダほど高いものはない」と危惧している。記事に課金して成功しているのは「ニューヨークタイムス」「ウオールストリートジャーナル」「フィナンシャルタイムス」の3紙だけで、これはハイブラウなゆえの例外で他は難しいとしている。どうするかだが、メディアの未来戦略と称しているが、試行錯誤を続けるしかないという結論である。
 もうひとつの視点は独立性である。日経はフィナンシャルタイムスを買収したが、オリンパスの粉飾決算を特ダネしたのは同紙であり、ギリギリまで報じなかったのが日経である。この買収を報じた英ガーディアン紙は「日本の主要メディアは腐敗しているわけではないが、おとなしい。日本文化がそうであるように」と手厳しく懸念を示した。政府や当局が発表すれば、たちどころに報じるが、独自で事実関係を把握しても滅多に報じることはない。こうした発表ジャーナリズムの対極にあるのが非営利報道で、自らの嗅覚に頼る調査報道でもある。パナマ文書に代表されるが、非営利報道の脆弱さを補う意味で、大学院生と組んでメキシコからの不法入国者に対する劣悪な収容施設を調査報道して、エミー賞を獲得するなど新しい試みもなされている。サラリーマン・ジャーナリストでは通用しないということだ。ペンよりパンのマスメディアの限界である。
 はてさて、新聞の世帯購読率が鹿児島で53%、熊本で60%と聞いてあ然としたが、危機はより深刻に、想像よりも早く進行している。既存のマス媒体がつぶれるわけがないと高をくくり、既得権益にしがみついていては、崩落へのスピードを加速させるだけである。解決策は、デジタルに進むしかなく、延命よりも未来に資金を投じて、未来のニュースを創造することだ。若きジャーナリスト諸君よ、マンハッタンで会おう。

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