「やりすごす」。これこそiモード開発の決め手

社長から「何をもたもたしている。時間はコストだ。早くしろ」。「はい」と応えて現場には直ぐにこれを伝えない。一人で飲み込んで、いわばタイミングを図り、時にやりすごす。こんな才覚と度胸のミドルを何人持っているかが、これからの企業成長の決め手だ。

iモードだけは敬遠したいと思っていた矢先に、その開発秘話を聞くことになった。

にいかわビジネススクール。新川地域の若手経営者の勉強会。ケースメソッドと呼ばれ、企業の成功例を討議形式で追っていく。事前に勉強することは勿論。どこから質問の矢が飛んでくるかわからないので、まず受講中眠ることはできない。講師は北陸先端科学技術大学院大学の野中郁次郎教授門下の若手研究者にお願いしている。

携帯電話の急速な普及に、市場がまもなく飽和状態になると危機感を持ったNTTドコモ大星社長。「量から質へ」の転換を急いでいた。そして白羽の矢を立てたのは当時栃木支店長の榎啓一。本流ではない傍系、しかしリーダーシップが何かわかっている男と見込む。NTTの官僚主義に染まっていない。プロジェクトメンバーは榎一人。映画「七人の侍」よろしく開発メンバー捜しから。この人選がポイント。エリートばかりでは無難な選択となり、現状を切り開けない。ここでご存知、主役の松永真理の登場。彼女を榎に紹介したが熊本勤務の時に飲み歩いた印刷会社の社長。リクルート「就職ジャーナル」「とらばーゆ」の編集長。メカ音痴で携帯さえ持っていない。マーケティング感覚、言語の感性が抜群。彼女がこのプロジェクトをリードしていくことになる。出会いの不思議さ、ここに極まれりというところ。そして今一人欠かすことのできない男を松永が連れて来る。夏野剛。学生時代リクルートでアルバイトをしていて、米国留学でMBAを取得。ベンチャー企業「ハイパーネット」を起こすが資金調達がうまくいかず倒産。しかしインターネットのビジネスモデルを熟知している。この3人がそれぞれの役割をわきまえて推進していく。

iモードの基本は「コンシェルジェ」。ホテルで顧客にレストランや音楽会、演劇などチケットの予約手配をしてくれるサービス。これがリクルート流ブレーンストーミングでこのアイデア、松永がこれだとひらめいたというもの。ビジネスユースではなく、時間の隙間に若者が週刊誌をめくる感覚。100グラム、100CC以内も、基本料金300円もここから。iモードなるネーミングもこだわってこだわって。1行6文字限界も、1週間は7文字プラス1文字は必要と8文字で押し切る。最大の仕組みはNTTドコモが提供するサービスで、それにかかわる企業が顧客を獲得でき、料金の回収(9%の手数料)までやってくれて、顧客の動向まで分析できる。みんなが得するというシステムに尽きる。

榎の役割は大星社長からの矢の催促をし
がら、現場の雰囲気を大事にする。松永は「私が使えないようなものは駄目。私が最後の関門」と両手を広げて妥協をしない。夏野はコンテンツ企業を取り込む。発売日を設定して、いわば退路を断っての水際立った作業の連続。3人ともタフ、そして私心がないから皆がついてくる。「人間というのは必死で修羅場をくぐっていると、いろいろな人が知恵と力を貸してくれる」。いまや1800万台が左手の親指に操られている。

ところでLモードなるものが発売になるのを知っていますか。固定電話に接続されるiモード版。レディ、ローカルのLという。介護、葬儀の生前予約、遺言などなどのサイトが並んでいるとか。馬鹿にするな、といいたくなるが、やむを得ないか。

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