苦吟、呻吟から解放するか。名著「現代俳句」

いま手元にあるのが究極の俳句入門書といわれる「現代俳句」。山本健吉の著。ほしいと思っていたが、書店に注文しても要領を得ず、そのままになっていた。ところが先週ひょいと俳句コーナーに収まっているのが目に入った。昨年魚津市内のスーパーにテナントとして入居した本屋。かなりの売り場である。日用品のテナントの抜けたところに、集客力があるということで破格の条件で入居したとの噂だった。本屋の生き残りを賭けたサバイバル競争の結果でもある。このスーパーの隣がライバルの本屋で、中規模の収益店であったが、ここの出店で赤字に転落したという。しかしこうして手に入ったのであるから、消費者として恩恵を受けたのであろう。角川選書2400円。正岡子規に始まり100人くらいの、俳人の名句鑑賞のポイントが綴られている。ようやく恋人に巡り合えたみたいで、いとおしくてならない。

最後に取り上げているのが角川春樹。彼の句の不思議な磁力に惹かれている。なぜ、どうしてか、わからなかったが見事に山本健吉が解いてくれた。父・角川源義に対する複雑なる思いなのである。彼の第1句集は「カエサルの地」。カエサルなる父への絶大なる恩義と無限の怨み。それが底流に流れている。紡ぎ出されるというよりは、敢然と切り取ってくるという句である。加えて、父の師である柳田国男、折口信夫(釈 迢 空)につらなる民俗学、古代史学に通じている。なかなかやっかいだな、ともう腰が引けている。

救いといえば、直弟子を自任する遠藤周作によれば、山本健吉は流行歌が大好きで、東海林太郎や、さだまさしを歌っている。しかも下手であったらしい。山本健吉臨終の席にこの二人が駆けつけ、角川春樹はお経を唱えていたという。親子2代にわたるそれ程の関係なのである。

そしてこれを読了してから、変な動機で始めた俳句を続けるかどうか決めたい。そういう覚悟で読もうと思っている。

「和歌は煩悩を詠ひ、俳句は悟りを詠ふ」といい、とりわけ俳句は陳腐や月並みが厭われる。才能がないといってはそれまでだが、初心から次の段階へのハードルが高く、全く句心が動かない。もともとがカルチャーセンター開設の責任者になった4年前。俳句、短歌はカルチャーの定番と講師のお願いに行った時に、隗より始めよかと安易に私も、と軽率にいってしまった
のがはじまり。その不純なる動機のがいまき
ている。

予想するに、読了後俳句は断念していると思う。努力もあるが、言語に対する感受性は先天的なものだ。

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