「幻の蕎麦」が出現した、しかもすぐ身近に。富山県は上市町、雄大な剣岳に栽培されていたのだ。その名はダッタン蕎麦。やはりその原産地に思いを馳せてみよう。
中国・明朝が滅び、清朝が興る。その清朝の中心となったのが韃靼人、女真族である。司馬遼太郎の「韃靼疾風録」で記憶の方もいるだろう。数億の漢族を、わずか50~60万といわれる彼らが治めた。その末裔である中国東北部の雲南省に住むイ族がこのダッタン蕎麦を常食としている。生活習慣病とは無縁の長寿族。この蕎麦のおかげである。ダッタン蕎麦はルチンの含有量が普通蕎麦の約百倍。蕎麦の代表的成分であるルチンは、毛細血管を強くして内出血を防ぐ。北欧では脳血管障害の予防薬。他にも血圧やコレステロール、血糖値も下げる。しかもイ族の血液はサラサラとしているという。
この薬効、いや食効の素晴らしさに眼を付け、上市と雲南省は似ているはずと栽培を思い立ったのは、情熱の人・稲葉栄一さん。もちろん上市町在住で、こよなくふるさとを愛している。わが句友である。わが句会に男一人で大苦戦しているところに、助っ人よろしくある日忽然と参加してきた。痩躯にして、ビンラディンそっくりの風貌。といっても大先輩で、高校の数学教師を退職して農業に挑戦している定年帰農のモデル。意欲的だ。最初にもらったのが米のミルキークイーン。水を少なめに炊けとのメモ入り、確かにうまかった。そして旧臘、年越し蕎麦だとわざわざ持参してもらったのがダッタン蕎麦。ところがところがゆで加減で大失敗してしまった。茹ですぎたのである。年明け早々にそのことを詫びると、ぜひわがそば道場に来たれ、ということになった。
1月30日雪降りしきる中を地図をにらみ、人に尋ねて、ようやく辿り着いた。そば道場はかって住んでいた家で、梁の太さが歴史を物語っている。捨てがたくてこうして使ってやると家も喜ぶみたいで、出来れば蕎麦屋に改造したいという。4年前、ダッタン蕎麦の苗は神岡の人に譲ってもらった。春植えしたが鳥に食われて失敗した。その翌年も。それではと2年前に秋植えに変えて成功。今年が収穫2年目ということになる。黄色いそば粉がはちきれんばかりの生命力をみなぎらせている。既に打たれた蕎麦が用意されていて、ぐつぐつと煮立ったお湯が鍋いっぱいにあふれんばかり。さっと茹でるのがコツ。馬の息でも蕎麦が茹だるといういい伝えもあるという。そんな講釈を聞く間もなく、冷たい清水でざっと洗って笊に盛る。猪口にタレを急いで注ぎ、口の中にそそり込む。食感、のど越し、そこはかとない風味、蕎麦にも品格があるとすればその品性、すべてに絶品である。意地汚くも、稲葉さんの残りの蕎麦に箸をつけてしまった。薬味におろし生姜が合いそうだ。商品化までには、あとひと工夫だが十分にいけると踏んだ。効能も方も事欠かない。稲葉さんの耳鳴りは、あっという間に鳴りをひそめてしまった。隣の婆さんの、神経痛の痛みも消えてしまった。そばを打つのに時間がかかるので、最近では手軽に蕎麦湯にして毎日飲むようにしているという。
さて「韃靼蕎麦屋・稲葉亭」開業のシミュレーションである。現在3反で栽培している。この栽培面積を増やすのは造作もないが、専用のコンバインが不可欠。刈り取ったあとの灰汁がどす黒くコンバインにこびりついてしまい、あとクリーニング費用が10万以上もかかる。蕎麦の実を挽いてもらうのに今は八尾に運んでいる。その設備も必要。とすると店舗改造費用に1000万、コンバイン等の設備に600万、その他でざっと2000万円。蕎麦は1杯1000円で、持ち帰りそば粉付き。1日50食で、年間売り上げ1500万。ざっと5年で償却できるのではないか、と計算した。
さあ1口100万で出資者を募ることにしたい。まず糖尿病予備軍の人から先着順ということで20人。ダッタン蕎麦で糖尿病撃退を!が殺し文句。意外と集まるのではないか。 穴の谷の霊水に、湯神子温泉、大岩山日石寺、を加えてみると、伊東町長のいう「スローライフ」で町おこしも、いけそうな気がしてきた。