ばばへら

民間人校長の登用に快哉を叫んだのを昨日のように覚えている。2000年4月、教員免許がなくても校長になれる学校教育法施行規則の改正である。これで学校が変わる、そう思った。そして今、何と浅はかであったかと悲痛な思いに駆られている。

3月9日広島県尾道市高須小学校で、慶徳和宏校長が校舎正面玄関真横の階段で縊死していた。昨年の4月、31年間勤務した広島銀行の副支店長から校長に転じた。わずかに1年である。自分で最初の卒業証書を渡すことさえ叶わなかった。最初から、不幸の小さな芽が兆していた。銀行側はまるで関連会社への出向を決めるようにこの人事を慶徳さんに勧め、慶徳さんも断る余地がないという感じで受け入れている。県教委は商工会議所などを通じて、企業からの推薦を依頼していた。地元金融機関と県教委、双方の思惑がピタリと一致したのであろう。本人の希望は、家から通えて、小規模で問題のない学校。しかし、県教委が配属したのは児童数716名、教職員34名で、130年の歴史を誇る高須小学校。しかも家から車で90分の距離。研修は3月25日と28日の直前2日間だけ。そして何と1ヵ月後の5月13日には、病院の診察を受けて休養を市教委に申し入れている。

学校文化がまったく分からない、珍奇な教育用語も分からない、そして市教委から送られてくる提出書類は年間103通、有無をいわせぬ矢継ぎ早のもの。21世紀の学校づくり推進事業実施計画書、心のノート指導計画、道徳の時間の実施状況、運動会における国旗・国歌に係わる取り組み状況調査などなど。このためにサポートする教頭が二人、相次いで脳内出血、心筋梗塞で倒れている。「教育現場は普通では通じない、異常なところ」「教育委員会に何を言っても甘いと言われる」「死ぬまで働けと、ということだね」と慶徳さんは、夜10時、11時に帰り、「苦しい」というだけだったという。

それでは、この慶徳さんを死に追いやった真犯人は誰か。まず県と市の両教委が行ったのは前校長の処分。新任の民間校長が務まるような環境にしていなかった、というもの。つまり校長のいう通りになる奴隷教師をつくっていなかった。もっと想像力を働かせれば、民間の威を借りて、蛮勇を振るい、軟弱教師を蹴散らせて、教育工場を作ってほしかったのである。それに耐えられなかっただけ、といいたげなのである。そしてまるで高須小学校の教員の中に、とんでもない教員がいるというすり替えに、この自殺事件を使われようとしている。大阪府立高津高校長に住友金属工業から転じた木村智彦さんは、頑張れば頑張るほど教員側は当惑し、反発を強めると当惑しているという。教育論議が深まらず、あらゆることが利用悪用されて、学校が生気を失っていく。子どもたちはこの現実を見ている。この社会の裏と表がいかに違っているか、いかに残酷か、あいさつや標語の翳にどれほどの暴力が潜んでいるか。

薄汚い権力の闇よ、おまえさんは狡猾に振る舞い過ぎるのだ。しかし長くは続かないし、自らに跳ね返ってくることも忘れなさんなよ!
(参照・「世界」7月号。野田正彰氏の寄稿「民間人校長はなぜ自殺したのか」)

先週末、秋田に遊んだ。長男夫婦への慰問をかねてのもの。道路そばに「ばばへら」と呼ぶ、おばさんのアイスクリーム売りの光景が忘れられない。のどかである。

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