100円玉1個の幸せ

自分の品性がこれほど下劣なのかと驚いてしまった。先日富山市民プールに出かけた際の出来事。プールとサウナのセット券を求めてロッカールームヘ。いつも利用する1番を開けると、コチンと音がする。100円玉が残っているではないか。前の利用者が忘れていったのだ。「ラッキー」と声を挙げそうになるほどうれしくなってしまった。一日の憂さもあっという間に消える感じである。ここまではたわい無いと許してもらえると思うが、次なるシーンである。誰もいないのを幸いに、次々と並ぶロッカーを開けているではないか。しかも60歳に手が届こうかという男が、100円玉を探し回っているのである。自分で吹き出してしまった。とても見られた姿ではない。しかし、これだけでは終わらないから始末が悪い。更に翌日に行った時も、何と習い性となって、ついつい隣のロッカーに手をやっている自分に愕然となる。この愚かさ、とても他人様の品性をとやかくいえたものではない。でも100円玉1個でこれだけの幸せが味わえるのである。

これをなんとかしなければ、しかもこのご時世だ、独り占めにするのは勿体ない。それではと、贖罪の意味で一計を案じてみた。これからは利用する際に、ポケットにあるだけの100円玉をロッカーの扉に入れて帰ったらどうだろうか。みんなどんなに今日の一日が幸せだったかと思うことか。これほどの慈善は他にはあるまい。義賊・ねずみ小僧次郎吉に並ぶもの。いや自分の金だからその上をゆくというものだ。しかし、プールを使用する誰もが、裸になってロッカーを次から次へと開けて廻る。そんな光景も妙にうらがなしいか。

こんな愚考をしている間にも、イラク攻撃の準備が着々と進んでいる。どうにも避けられそうにもない空気だ。加えて北朝鮮の瀬戸際外交も、アメリカだけに向けて金正日体制の護持を叫んでいる。日本など全く眼中にない。わが政府の筋書きは、アメリカ抜きでこの北朝鮮からの危機を切り抜けることができるのか。この平和憲法下とても無理だ。集団防衛さえ覚束ないのだ。さすれば、イラク攻撃支持と引き換えに、日米同盟の絆をしっかりとして、北朝鮮対策にあたるのが国益に適うのではないか、ということになる。なにしろ喉元に匕首が突きつけられているのだ。この点でフランスやドイツとは違っている。これ以外にない。ほかは無責任な対応というしかない。これにて切り抜けるのだろう。

もうひとつ、ひっかかるのがこのところの北朝鮮報道だ。読売新聞が1月31日から連載している「北朝鮮危機」。これを読むと、すぐにも憲法を改正し、日本もアメリカ並みの軍事力をもたなければならないとなってくる。これでもかこれでもかと、平和ボケ日本を追い詰めている。しかし思い起こしてほしい。1955年北朝鮮への帰還が始まった直後の北朝鮮レポート。新聞5社7人が平壌入りした。そこは「地上の楽園」であり、いいことづくめの受け入れ態勢、社会主義国の豊かで平等な暮らしぶりが紹介されている。この時北朝鮮に帰還するかどうか、多くの在日朝鮮人は迷っていた。これを読んで踏ん切りをつけた人も多かったのだ。結果として帰還船に乗った人は、25年間に日本人妻も含め9万3000人だ。この無責任さである。不用意に信じてはいけない。

お前どう思うと、わが家の浪人生に聞いてみた。何もしないのが一番、ときた。このアパシー(無関心)世代め、何とか考えろ。そういえば、歴史の受験参考書に1945年以降がないに等しい。やはり無理かと思うと同時に、何もしないというのも手かもしれないと思えてきた。中途半端に知ることは大やけどの元。ノンエリートの生き方もまた悲しいのだ。

しかし何はともあれ、日本の庶民たちよ!この100円玉1個の幸せを逃してなるまい。

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