最近、大阪大学を見直している。空論を弄ぶことはない。そう思っていたところに、名古屋のフォレストベルクリニックの磯部哲也・産婦人科医を知ることになった(北陸中日新聞4月23日、「この人」)。高校時代にアインシュタインの相対性理論に出会って以来、理論物理学に魅了され、生命の神秘もまたこのような美しい方程式で説明できるのでは、と大阪大学理学部に入学する。ところが更なる好奇心が駆り立てる。「精子と卵が合体して生命が生まれるなら、精子それ自体は生命ではないか」という疑問にかられて、医学部に転入し、生殖医療の現場に立つ。更に更に、更年期障害に悩む女性に漢方薬が劇的に効いたことから、東洋医学に分け入り、国際鍼灸師の資格を取得することになって、その効能を説いてやまない。56歳と働き盛り。緒方洪庵の適塾の流れを汲むだけあって、権威にすがらない潔い行動力がいい。
新湊小以来の友人である明治鍼灸大学(現在の明治国際医療大学)の学長を務めた矢野忠に伝えると、西洋医学と伝統医学との統合を目指す医療が時代の流れだ、と返ってきた。またその若い弟子筋からは、緩和ケア病棟で終末期がん患者に鍼灸治療を行っているという返事だった。
わが持論だが、フレイル(加齢による衰え状態)な高齢者に対して、鍼灸、経絡的な按摩などの手技に医療保険を適用すべきである。何千年という年月の中で練られてきた東洋医学には底知れぬ奥深さがある。その安らぎを与える療法を終末期に活用しない手はない。加えて、高額な設備などの固定コストは全くかからず、現在の医療報酬とは比べられないほど安く設定できる。期せずして医療費が抑制されるというものだ。高齢者の圧倒的な民意を集めて、医療保険の適用を迫っていこう。
磯部哲也はこのように説く。中国医学を本格的に学び初めてまず驚いたのは古代中国人の観察力でした。「陰陽五行論」という一見わけのわからない理論に、これまでやってきた理論物理学が融合したのです。「宇宙は気および5種類の物質から成り、各物質はそれぞれ陰と陽の2種類の状態が存在する。気が集まって物質となり、気と物質は互いに変換する」。この3千年前に中国で考え出された陰陽五行論が、近年シンクロトロンなど大掛かりな装置を使った実験で解明された。「宇宙は電子・陽子・中性子・中間子・ニュートリノという5種類の素粒子から成り、各素粒子にはそれぞれ電荷の異なる反物質が存在する。電子とその反物質である陽電子をシンクロトロンで衝突させると2つとも消えてなくなり光(電磁波)のエネルギーになる」というわけです。現代医学(西洋医学)にも伝統医学(東洋医学)にもそれぞれ長所や短所があります。両医学の長所を取り入れた“いいとこ取り”医学が患者ひとり一人に最善の医療を提供すると思っています。
さて、東洋医学は基本的には自然治癒力を高める手法である。婦人科や高齢者、またうつ病など原因が特定できにくい体調不良や痛みが主な対象となる。緩和ケア病棟で鍼灸や手技などを受けてうとうとしている光景も、すべてを受け入れているようでいい。医療はサイエンスを基盤としながらも、アートの部分もなければならない。
最近、からだの声が聞こえる。生命賛歌だと、まだ生きよ、葬送の曲が聞こえるようだと、死が近い。何兆といわれる腸内細菌が反響音のように聞こえるのだ。亡き妻が発しているようでもある。